那須塩原フラット
nasushiobara flat
Renovation
text by Kiyo Sato
photo by Hirotaka Hashimoto

都心を離れて“好き”をかたちにした暮らし
那須塩原のひとり住まい
20代後半という若さで家づくりに踏み出した吉田江里さん。それまで都内の実家で両親と暮らしていたが、「一人暮らしをするなら自分だけの家が欲しい」と早い段階からマイホームを思い描いていたという。移住先に選んだのは、栃木県・那須塩原市。紆余曲折を経て中古マンションのリノベーションにたどり着き、好きなものに囲まれた居場所を手に入れた。
「昔から建築やインテリアを見るのが好きだったので、最初から賃貸という選択肢は考えていませんでした。若くして家を持つことに驚かれることも多いのですが、自分としては年齢的なハードルはあまり感じていなくて。最初は一軒家を建てたくて土地探しから始めたんですが、勤務先へは新幹線通勤が可能だったので、せっかくなら少し遠い場所に住んでみようと思ったんです」
関東近郊で土地を探していたものの、広さと予算の折り合いがつかず、エリアを広げて検討していた中で、旅行で訪れた那須塩原の街に惹かれたという。
「観光地なのに駅前は静かで、雰囲気がとても良かったんです。その印象がずっと頭に残っていて。那須塩原に移住するなんてと家族や友人には驚かれましたが、私はまったく気にならず(笑)。将来的な資産価値より、とにかく“自分だけの好きな空間をつくりたい”という思いの方が強かったです」
家を建てるなら、設計はストレートデザインラボラトリーの東端さんに依頼したいと決めていた吉田さん。ちょうど売りに出た狭小地で平屋建ての計画を始めたものの、土地の条件により住宅ローンが下りず、計画は一度頓挫。それでも新居への思いを諦めきれず、中古マンションのリノベーションへと方向転換。初めてコンタクトを取ってから約1年、ようやく本格的に家づくりが始動した。
購入したのは、駅近に立つ築29年のマンション。広さは約62㎡で、一人で暮らすには十分なゆとりがあり、広すぎずちょうどいいサイズ感だ。フルスケルトンにして一から再構築した間取りは、吉田さんの希望で、玄関脇にはゲストルームを兼ねた多目的スペースを設け、廊下を挟んでWICと寝室、水まわりを配置。その先にLDKが広がるシンプルな構成だ。寝室は壁で囲みつつ、リビング側をガラスの引き戸で緩やかに仕切り、そのほかの建具もすべて引き込み戸に。風や視線が心地良く通り抜ける “ワンルーム的な空間”を実現している。
各部屋をつなぐ廊下は、幅を広めに取り、ラワン材の本棚と耐水性のあるモールテックスで仕上げた洗面カウンターを造作。単なる動線ではなく、+αの機能を持たせることで、生活の一部として取り込んだ。大容量の本棚には、祖父から譲り受けた北海道の木彫りの置物や、りんごや鳥のオブジェなど、大切にしてきたものをディスプレイし、ギャラリーのように楽しんでいる。
「洗面台も明るい場所にあって、気持ち良く身支度ができます。普段は建具をすべて開け放して開放的に使っていますが、両親が泊まりに来た時など、必要に応じて仕切られるのも便利ですね」
「普段着る服もそうですが、とにかくはっきりした色が好き」という吉田さん。カラフルな家具や照明を置いても雑多な印象にならないように、背景となる空間はグレイッシュなトーンで整えた。素材選びの軸になったのは、最初に決めたリノリウムの床材。ストレートデザインラボラトリーの物件では水まわりに使われることが多いが、今回はあえて全室に採用。マットな質感とモルタルのような色調が、空間全体をシームレスにつなげている。
「高校生までバレエを習っていて、その時の舞台の床がリノリウムだったんです。昔からなじみがあり、床材としてもイメージしやすくて即決でした。色も記憶に近い薄めのグレーを選びました」
間仕切り壁と天井は、わずかにグリーンがかった淡いグレーで塗装し、寝室と収納まわりはラワン合板をオイル塗装で仕上げた。解体時の状態が良好だった界壁は、モルタル仕上げで躯体を活かした。こうした素材の色味は「かなり悩んだ部分」と振り返るが、現場が進行する中で東端さんと相談しつつ決定。色や質感の繊細な違いが空間に陰影をもたらし、豊かな表情を生んでいる。
数ある素材の中でも特に吉田さんがこだわったのが、キッチンに用いた水色のタイルと、洗面まわりの六角形のハニカムタイル。オープンなLDKの中で艶のある水色のタイルがほどよい存在感を放ち、他の素材との対比で空間を引き立てている。また、キッチンや造作棚の一部には、吉田さんが中学生の頃に一目惚れして購入し、長年大切に保管していたレトロな陶器製の取手を使用した。
「水色はテーマカラーでもあったので、キッチンの壁は絶対に水色のタイルにしたいと決めていました。なんとなく長方形より正方形の方がしっくりくるなと。いくつかサンプルを比較して、ステンレスや木と合いそうなものを選びました。取手も東端さんに相談して取り入れてもらい、15年越しにようやく日の目を見て感無量です」
そんな住まいに個性を添えるのは、吉田さんの“直感”に導かれた自由な色使いの家具や照明。実家から受け継いだアジアンテイストのチェストや、以前から使っているアンティークのダイニングテーブルなど木製家具に、目にも鮮やかな色や繊細なニュアンスカラーをミックスした。新調したリーン・ロゼのくすんだピンクのソファや、IKEAの鮮やかなブルーのワゴン。照明はアンティークの乳白ガラスの照明を基調に、グリーンの「Curly lamp」やブルーの「Flowerpot pendant」をアクセントとして加えた。自分の感覚に素直に向き合って選んだものたちが調和し、吉田さんらしい世界観をつくり出している。
「実は全体のバランスはあまり考えてなくて(笑)。“好き”や“可愛い”という感覚を大事に、一つひとつ選んでいきました」
「予算内でこれだけの広さが手に入ったのも、那須塩原だからこそ。都内にいた頃よりもオン・オフの切り替えがはっきりして、暮らしがより充実した気がします。今はできるだけこの家にずっと住み続けたいと思っています」
年齢や常識にとらわれず、“ひとり暮らしの家を持つ”という選択をした吉田さん。たくさんの“好き”が詰まった住まいには、自分の暮らしを主体的につくるヒントが詰まっている。
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