鷹の台ハウス

takanodai house

text by Chihiro Yoshii

photo by Natsuki Hamamura

鷹の台ハウス

人生最高のお買い物、その続きのはなし
リノベーション完成に寄せて

お子さんの誕生を機に新築したよしいちひろさんご自宅は、玉川上水にほど近く緑の豊かな環境に建つ一軒家です。10年近くが経過し、家族それぞれのライフスタイルが変化したタイミングでリノベーションをおこないました。よしいさんの家と家族と仕事にまつわる話を、よしいさんによるエッセイでご紹介します。

よしいちひろさん イラストレーター。1979年兵庫県生まれ、東京都在住。女性の憧れや日常を、やわらかくみずみずしいタッチで描く作風が人気を呼び、雑誌や書籍、広告などで幅広く活躍。リラックス感がありながら、エッジのきいたファッションやもの選びにも注目が。
https://chihiroyoshii.com/

straight design lab | takanodai house

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もう10年も前のことなので細かい心情は思い出せないけれど、妊娠したとわかってわりとすぐに、家を建てようと思い立った。自分の中ではきわめて納得した結論だったけれど、夫にとっては青天の霹靂だったようだ。

そのときに住んでいた賃貸の戸建て住宅は料理家のなかしましほさんが見つけてくれたもので、その家主の「好き」が細部まで宿った、今思い返してもすごく魅力ある家だった。ただ築年数が40年近く経ったその家は、台所にナメクジが歩くのを見たこともあったし、網戸の隙間から蚊は入り放題。こういった古い家は小まめなひとでないと快適に住めないんだなと痛感した(そのころの自分は、毎夕仕事が終わると飲みに出掛けてそのまま床で寝ているような、今よりずっと怠惰な生活を送っていた)赤ちゃんを育てるならズボラな自分には新しい家が必要だと思ったのだった。

中古のマンションを見たり、ハウスメーカーを訪れてみたり、色々可能性を探っていたときに東端さんにもコンタクトを取った。straight design labは、国立の馴染みのお店や知人らが自宅や店舗の設計をお願いしていて、真っ先に浮かんだ事務所だった。しかも実は私が高校時代に第一志望にしていた大学(結局入れなかった)を東端さんは卒業していたこともわかって、さらに親しみを感じていた。

何回かメールや電話でやりとりして、でも結局決めた土地が建築条件付き(施工する工務店があらかじめ決められた物件)だったため、東端さんに入ってもらうことは断念して家を建てた。もともとライフステージが変わるごとにリノベーションすることは折り込み済みで家を建てたので、次の機会にはぜひお願いしますと伝えてそのときのやりとりを終えた。

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8年後、予定してたとおり子ども部屋を増やすべく、再び東端さんに連絡を取った。
その頃には共通の友人も出来て、もともと住んでいるエリアが近かったこともあり、東端さんともなんとなくinstagramでお互いの活動を見守る仲になっていた。

2022年の夏。パンデミックで生活が変わって3年めを迎えていた。
私は仕事の面でも、そして家の中でも、思い返してみれば閉塞感を感じていたんだと思う。仕事で新しいことをしてみたくて友人にポロッと話すと「いいじゃんいいじゃん」と背中を押され、私は外に事務所を借りることを決めた。が、理由はそれだけじゃなかった。

これまで10年近く私は毎日ひとりの時間を当たり前に満喫してきた。夫は朝出ると終電まで帰ってこない忙しい会社員をしており、フリーランスのイラストレーターである私にとって自宅は城だった。それがコロナで一遍、毎日、7days24hours、自宅に誰かが居るのだ。正確に言うと、出産後は育児に出来るだけ関わって欲しくて私からお願いする形で、夫は週に1,2回は自宅でリモート勤務をしていた。だから今更「やっぱり会社に出社してほしい」なんて言えず、自分が出ていくしかないと思った。ただ、心の中に秘めたつもりのもやもやはまったく隠しきれておらず、また産後のセンシティブな状態からの延長で、今思い返しても、私は夫に対して日々、相当強く当たっていたと思う。さらにそれは子どもにもしっかり伝わっていたはずだ。

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さて、その生まれて初めて借りた物件は入居5日目に出ることになる。

格安で見つけた古いワンルームマンションはあとから聞くと、昔から近隣の学生たちの下宿として使われてきたようで、びっくりするくらい壁が薄かった。一日目に隣の部屋からノックする音が聞こえた「気がして」いたものが、3日目には唸り声とともに何らかの強い気持ちをこめた殴打の音に変わっていた。恐ろしくなった私は即座に家を飛び出して、マンションの外から管理会社に泣きながら電話をしていた。

そんなわけで結局、リノベーションのプランも立て直してもらうことになってしまった。

依頼当初には部屋をひとつ増やすだけだったプランは、最終的に3つの部屋を増やすことに。
息子の部屋、夫のワークスペース、私のワークスペース。

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2024年の1月に発売されたBRUTUSの記念すべき1000号、タイトルは「人生最高のお買い物。」
BRUTUSにゆかりのある100人が「人生ベストバイ」を挙げる企画に、光栄にも声を掛けていただき私もひとつ挙げさせてもらった。それが今回リノベーションで私のワークスペースに付けてもらったドアハンドル。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがデザインしたそれは東端さんが選んでくれた。

誌面ではどうしてそれが人生最高の買い物になったのか、深くは触れなかったけれど、私にとってこのリノベーションは、家族との不調和を変える大きなターニングポイントになった。

夫も私も気持ちよく毎日を過ごせるようにどんなプランにするかは、東端さんの公私ともにパートナーである大原さんにも来てもらって、それぞれが納得できるまで話した。

ちなみに私には私の気持ちや考えがあるように、夫にもそれがあるということを気付かせてくれたのは、例の壁ドン事件の隣人だ。私には私の立場があったように、彼女には彼女の立場と考えがあった。東端さん、大原さんと話す以外にも、夫ともかなりたくさん話をした。

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最終的に、新築時に子ども部屋と夫婦の寝室に分けるつもりで作った1階の大きな寝室は、クローゼットを半分潰した上で、子ども部屋・夫婦の寝室・夫のワークスペースに(前のふたつは限られたスペースを有効に使うために一部の空間を縦方向半分に分けた。後の2つは大きな引き戸を間仕切りにしているだけなので後々ひとつの部屋としても使える仕様)。2階のリビングは押入を潰して、その倍くらいのスペースを腰壁とガラス戸で区切り、小屋のようなものを設計してもらった。ちなみに潰したクローゼットや押入の中身は、洗面所前の通路スペースにウォークインクローゼットを作ってもらって、そちらへ。

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施工もわりと思い出深く、住みながらの工事だったので、2階のリビングは一時期キャンプサイトのようなありさまで(飼っていたハムスターのストレス軽減を優先して最短で工事を終わらせたかったこともあり)1階の大工工事が終わったと言われば夜のうちに家具をすべて移動し、大工さんが休む週末のあいだに自分たちでオイル塗装をし…と、毎日がお祭り騒ぎだった。お祭りが好きな自分は慌ただしいながらも楽しい数日間だった。(まあまあ大規模なリノベーションも、敏腕の大工さんたちのおかげで1週間足らずで全ての行程を終えた)

一見ちょっと強面の大工の川崎さんが、息子のベッドスペースに余った木材で本棚を置くためのちょっとした段差を作ってくれたり(私の知る限りの大工さんはみんなものづくりが好きだ、パパッと気の利いたものをそのへんに転がってる材料で作ってくれる)色々親切にしてくれたのも、心温まる思い出だ。

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東端さんを始めとするたくさんの方の助けがあって、大満足のマイホームに仕上がった。
「3回建てないと理想の家は建てられない」
なんてよく言うけれど、そんなことはないって今回思った。
住みながら少しずつ、そのときの気分や生活にフィットする改修を行えばその都度理想に近づけられるし、何よりも愛着は増す一方だ。

家族の雰囲気もおそらく前より良くなったと思う。
そこまで突っ込んで話す勇気がなくて、夫にその話をしたことはないけれど。

なんだか普通のリノベーション以上の、人生の一大イベントを引き受けてくれて、東端さん、本当にありがとうございました。また次もぜひお願いします。