八王子ハウス

hachioji house

text by Kiyo Satoh

photo by Osamu Kurihara

八王子ハウス

ローコストでも自分らしく
好きな音楽を楽しむ職住一体の家

JR八王子駅からバスで揺られること30分。隣地に大きな畑が広がる住宅街の中に「八王子ハウス」は立っている。Webデザイナーでコーダーの中田進平さんと、イラストレーターでクラフト作家の陽子さんが、愛猫と共に暮らしている。求めるものを明確に、潔い取捨選択をすることで、ローコストながらも個性が光る自分たちだけの住まいを実現した。

「以前は神奈川県内の賃貸マンションで暮らしていたのですが、このまま高い家賃を払い続けるわけにもいかないと思い、家づくりをスタートさせました。予算の範囲内でなんとか見つかったのが八王子の西の方。駅から遠いので不便と言えば不便ですが、そもそも二人ともフリーランスなので在宅ワークが基本。何より大きな畑に隣接しているので抜けがあって、遠方には山も見えるところに土地の魅力を感じました。ちょうど価格が下がったタイミングだったのも決め手になったと思います」(陽子さん)

straight design lab | hachioji house

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土地の購入前に相談していたのが、ストレートデザインラボラトリーの東端桐子さん。当初はデザイン系の住宅ビルダーを検討していたというが、間取りや使う素材に制約があったことから建築家に依頼する方向にシフトしたという。

「僕にとっての最優先事項が、“音楽を楽しむ環境を整える”こと。ちょっと変わった要望をかなえるためには、自由に設計できる建築家にお願いするしかないと思いました。東端さんの建築の好きなところはシンプルだけど、どれもその人のカラーに染まっている。住み手の個性やリアルな生活を許容してくれるところに惹かれました」(進平さん)

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木造2階建ての建物は、延床面積が賃貸暮らしと同じ程度の約76㎡。最小限の居室と広さで構成され、敷地の余白には家庭菜園のできる庭を設けた。生活機能を集約した1階は、寝室と浴室、同じスペースにまとめた洗面所、トイレのみ。潔いほどシンプルな間取りだ。床面積をミニマムに抑える代わりに、エントランスポーチのある道路側に奥行き2間ほどのピロティを設けている。竣工当初は「ここをどう使おうか?」と考えていたそうだが、今ではベランダ代わりの物干しスペース、駐輪場、植栽、デッキチェアやハンモックのある居場所、DIY作業を行う場所など多目的に活用。「洗濯物もすぐ乾くし、風が抜けて清々しい気分になる」と、改めてつくって正解だったという。

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日当たりの良い2階は、一日の大半を過ごすLDKとワークスペースがある。“音響環境”を優先して、極力壁のないひとつながりの一室空間におさめた。南側に設けた大きな横⻑の窓から畑と遠方の山並みが一望でき、構造部材がリズミカルに並ぶ切妻屋根も相まって開放感が漂う。「冬でも日差しが入って温かいし、窓を全部開けるとすごく気持ちいい」と陽子さん。そんな空間の主役は、リビングの両側に浮かんだ個性的なスピーカーだ。友人が営む奈良のメーカー・listudeのもので、12面体のユニークな形が目を引く。

「この無指向性のスピーカーを吊ることを前提に、間取りを考えてもらいました。作業に集中できるようワークスペースを壁で仕切る案もあったのですが、音がうまく届かない可能性があって、一体感のある今のプランに落ち着きました。ここで食事を作って食べて、平日は仕事しながらでもずっと音楽を聴く。そんな暮らしが本当に心地良くて、飽きずに過ごせます」(進平さん)。

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ご夫妻が希望したシンプルな内装は、屋内外ともグレーが基調。色味はライトグレーに近い、日塗工番号の“N-77”を選んだ。上下階とも壁から天井にかけて塗装でシームレスに仕上げ、水まわりには部分的に艶のあるタイルを、1階の床にはフレキシブルボードを採用した。同じ色味でも自然光や照明の具合によって見え方が変わり、空間が豊かに見える。

「昔から“ニュートラル”という言葉が好きで、フラットなグレーをテーマカラーにしました。膨大にある素材やパーツを決める時もあれこれ悩まなかった分、スムーズに進んだ気がします。シンプルにしたことで結果的にコストダウンにもつながりました。引っ越し後に購入した家電なんかも自然とグレーを手に取るようになって、気づいたら家中にグレーのものが増えていますね(笑)」(陽子さん)

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2階の床や造作家具類は、グレーと相性の良い木が中心。床は進平さんの希望から、屋外にも使われるほど硬くて丈夫なアピトン材を採用した。listudeが運営するイベントスペースと同じもので、以前から好きな家具ブランドでもあるパシフィックファニチャーサービス(PFS)のパーツセンターにも使われていたことが決め手となった。東端さんの提案から継ぎ目の少ない4mの長尺タイプを選んで、すっきり見せている。

「アピトン材はガンガン使えて風合いが好み。もともとインダストリアルなテイストが好きなのですが、そればかりだとハードすぎる感じになるので、柔らかさもある“文化系インダストリアル”を裏テーマにしました(笑)。床以外にも取手などのハードウェアや、東端さんが手掛けるSAT.PRODUCTSやダイニングに吊ったNEW LIGHT POTTERYの照明、以前から使っているPFSのソファで、部分的に要素を取り入れました」(進平さん)

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ワークスペースの壁面収納やシンメトリーに配した2台のデスク、食器棚、レコード棚。2階には信頼する大工さんに制作してもらったという造作家具がたくさんある。手頃で入手しやすいラワン合板を使用し、コストダウンを図るためご夫妻がDIYで塗装した。仕事用の書類や過去の作品を入れたドイツ・ALUTECのコンテナ、レコードといった収納物や空間に合わせてサイズを決めたことで、限られたスペースが無駄なく活用され、建築のラインを際立たせている。

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こうした造作家具と昔からそこにあったようになじんでいるのが、以前の住まいから愛用している家具の数々。

「予算の関係からキッチンカウンターの下をオープンにしたので、手持ちの事務用ワゴンや無印良品の棚をパズルみたいに組み合わせてぴったり収めました。ダイニングテーブルは私たちの母校の研究室にあった机。マンション暮らしでは少し大きめだったので新調するか迷ったのですが、東端さんに相談したら『ぜひ使いましょう!』と提案されて。四脚あるイスもその時々に気に入ったものを購入したのでバラバラです。全部買い替えるわけにもいかないので、もともとあったものを許容してくれるおおらかな空間で良かったと思います」(陽子さん)

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新しく生まれた住まいに置かれた愛用している家具、オブジェやアート、植物、ギター、レコード。二人の審美眼を通して選んだものたちが空間に個性を添え、この家を自分たちだけのものにしている。竣工から2年を経て、新たな家族に保護猫を迎えたご夫妻。穏やかな暮らしが始まったばかりだ。

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