雪谷ハウス
yukigaya house
House + Atelier
text by Kanako Satoh
photo by Shuhei Yoshida
親世帯と子世帯、仕事と生活、個と家族。
それぞれに心地よい「距離感」がある家
「雪谷ハウス」に暮らすのは、40代の直井宏樹さん・真奈美さんご夫妻とそのお子さん、そして宏樹さんのお母様。宏樹さんのご実家が建っていた土地に建て直した住まいは、1階がお母様の住居と、陶芸家である真奈美さんのアトリエ、2階が宏樹さんご家族の住居という構成だ。親世帯と子世帯とアトリエという3つの要素をつないでいるのは、庭に面した広い土間玄関。大きな木製ガラス引き戸で庭と仕切られた、外と中、どちらともつかない心地が気持ちの良い空間だ。
「何かと何かの“あいだ”の場所が好きなんです。そういった場所があったらいいなと思っていたら、提案されたのがこの土間玄関でした。二世帯分離はそれぞれの住居に水回りをつくる分コストも上がるので、完全同居の形も検討しましたが、親世帯と子世帯で生活スタイルが違うので、互いに快適な形としてこの形に着地しました」(宏樹さん)
土間玄関に並ぶ木製の建具は、家具職人である宏樹さんが自らデザインし、製作したもの。お母様の住まいの入り口は土間玄関の様子が伺いやすように、最上部にガラスを入れた。天井から吊るされている陶器のシェードのペンダントライトは真奈美さんの作品で、家族みんなの共有スペースである空間にあたたかみを演出している。
「建て替え前の家は築40年越えの木造住宅で、新しい家には床暖房を必ず入れたいとお願いしました。おかげでとても快適です。寝室の横につくってもらった納戸も、季節用品や布団などいろいろしまうことができてとても重宝しています。リビングの壁に飾ったパネルは、建て替え前の家の外観を模したもの。建て替え前の家の外壁材や窓ガラスを使って作られているんです。かつての家の思い出をとっておけるようにと、息子が作家の方に依頼して作ってくれました」(お母様)
お母様の住まいのリビングから見えるのは、大きなミモザが枝を揺らす庭と土間玄関。アトリエで仕事をする真奈美さんや、仕事へ出かける宏樹さんの姿、土間で遊ぶ孫の様子を伺い知ることができる。ふたつの世帯それぞれの暮らしを独立させながらも、ひとつ屋根の下に共に暮らす安心も常に感じられる距離感だ。
「熱や匂いが発生する作業をすることもあって、アトリエと住居は分けたいと思っていました。でも、一旦外に出る場所につくるのは行き来が面倒になるので、土間玄関で切り離された今の距離感がちょうどいいです。以前の家では作品を焼くときは貸し工房まで窯を使いに通っていたので、大きな窯を置くスペースを確保することがアトリエに一番求めていたことでした」(真奈美さん)
陶芸教室に通ったことをきっかけに、陶芸作品づくりを始めたという真奈美さん。結婚前に働いていたカフェで自身が製作したカップを使っていたところ、購入したいという声や店で取り扱いたいという話が舞い込むようになり、陶芸作家として独立。作品は展⽰会などで販売しているそうだ。庭に面した窓の前にはろくろが置かれ、顔を上げれば庭のミモザと隣家の庭の緑が眼前に広がる環境は、制作に没頭できそうだ。
「私はアルヴァ・アアルトの自邸が好きなんですが、ストレートデザインラボラトリーの東端さんの自邸である『国立ハウス』に行った時、アアルトの自邸に抱いていたイメージが『国立ハウス』に重なって、その設計に一気に惚れ込んでしまいました。夫と東端さんは昔からの知り合いで、夫は家を建てることが決まる以前から設計依頼先の候補として考えていたこともあって、設計をお願いすることに決めました」(真奈美さん)
敷地は約60坪。二世帯の住まいとアトリエを確保するために、家は建蔽率と容積率いっぱいに建築。建物は一体でも、二世帯それぞれの住空間が中でつながっていないと建築確認申請上では「長屋」として取り扱われ、建築条件が厳しくなる。土間玄関を共有して内部で2つの世帯に分けるプランに至ったのには、そうした理由もあった。
「2階LDKは斜線制限に合わせて天井を⾼くしてもらったので、居⼼地がとてもいいです。バルコニーやキッチンの窓、ロフトの窓など、いろいろなところから時間や季節によって異なる光が入ってくることが気に入っています。毎日帰宅するたびに『いい家だな~』と感じ入っています」(宏樹さん)
LDKの天井の最頂部の高さは4.5mあり、その天井の高さを生かしてロフトをつくった。小学生の娘さんは、LDKを見下ろすロフトをステージに見立ててダンスを披露してくれることもあるそうだ。掃き出し窓のバルコニーから続く広いルーフバルコニーも、生活空間の一部。庭を介して1階のお母様の暮らしの気配も伝わってくる。
「キッチンの木の面材や、シンクの上に取り付けた棚は、夫が製作しました。キッチンとダイニングを仕切る作業台兼食器棚も夫が作ったもの。コーヒーをよく淹れるので、キッチンを壁付けにして作業台兼食器棚をダイニング側にレイアウトしました。食器棚に並んでいるのはほとんどが自作の器です。自分で実際に使ってみると、お店やお客さまに使用感を伝えられるので、いいんですよね。両側から器が取り出せるようになっていて、最終的にはガラス扉が入る予定で夫からの納品待ちです(笑)」(真奈美さん)
各所の仕上げや家具を直井さんご夫妻が自ら手がけていることも、この家の特徴だ。2階の洗面脱衣所に貼ったタイルは、真奈美さんが一枚一枚型取りをして焼いたもの。ひとつずつわずかに異なる形をした丸と四角と三角のパターンが、壁面を華やかに彩っている。「家具は自分で作りたい」という宏樹さんの意向もあり、壁面には収納をほとんど作らず、暮らし方に合わせて作っていける余白を残した。
「作り付けの収納を作ることよりもマストだったのは、家族3人それぞれの寝室をつくることでした。夫は仕事で帰宅が深夜になることも多く、子どもと私との生活時間が違うので、寝室は絶対に分けたかったんです。夫は当初、反対していましたが、今では夜中でも私たちに気を遣わずにテレビが観れる快適さに満足しているようです(笑)」(真奈美さん)
LDKに面して並んだ3つの個室のうち、2つは約4帖とコンパクトだが、天井の梁を現しにして頭上に開放感を感じられるよう工夫している。各自の寝室はパーソナルなものの収納スペースとしての役割も兼ねており、オフシーズンの衣服や季節用品はロフトに収納することで、家族の共有スペースであるLDKの美観も維持しやすくなった。「夫婦は一緒の寝室で寝るもの」という既成概念を手放した結果、得たものは、家族それぞれがひとりになれる時間と、家族みんなが揃って過ごす時間の充実だ。
「将来、子どもが世帯を持ったら、子どもたち世帯が2階に住んで、私たちは1階にという暮らし方もできるかもと考えていますが、子ども次第なのであまり具体的には考えていません。お母さんの家と、アトリエと、私たちの家と、集合住宅のような程良い距離感が心地よいです」(真奈美さん)
親世帯と子世帯、仕事と生活、家族と個人。それぞれが尊重されながらも、緩やかにつながった住まい。二世帯住宅としても、職住一体の住まいとしても、単一世帯の住まいとしても、住まい方のヒントが多い事例だ。
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