飯能ハウス

hanno house

text by Kanako Satoh
photo by Hirotaka Hashimoto

飯能ハウス

この家で「私」を生き直す。
素の自分のままでいられる場所

家は私のアイデンティティ。家は私そのもの。そんなふうに言える家で暮らすことは、どれほどの幸せだろうか。ただし、その幸せを手に入れるためには、「私」を深く知ることが重要だ。または、それを探究し続けようという姿勢。ゆっくりと長い時間をかけて自分に向き合い、「本当の自分のままでいられる場所」を見つけたKさんの家づくりは、「自分らしい家をつくる」ことの本質を問いかけてくれる。

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

『私は将来、大きな家に住んで、庭で畑をやりたいです』。Kさんが子どもの頃、タイムカプセルに入れた手紙に書いたのは、そんな夢だった。40代のKさんが家を建てたのは、山の緑と空が見える高台の住宅地。季節によって彩りを変えるさまざまな草木が植えられた庭には、燦々と陽が降り注いでいる。この家は、Kさんにとって二度目の家づくりだった。

「結婚して、初めて家をつくったとき、私はそれにお金もエネルギーも、すべてを注ぎ込みました。大きな家で、広い庭もあって、薪ストーブがあって、オーダーした家具を並べて、台所道具もさまざま揃えて。すごく素敵な家でした。建築家が細部までこだわって設計してくれた家はよくできていて、大事にしながら暮らしていました。3人の子どもを育てながら忙しく働き、満たされているはずでした。でもずっと、“何かが違う”という違和感がありました」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

当時について、「対外的な絵面を整えることばかりに意識がいっていて、本当の自分に向き合うということができていなかったんだと思います」と振り返るKさん。幼い頃からの夢だった『大きな家』での暮らしから子どもたちを連れて出奔し、この家をつくるまでのKさんの数年は、『自分らしい暮らし』を考える時間だった。前の家から半分の面積になった賃貸マンションで送った母子4人暮らしは、想定外の軽快さだったという。

「自分がどういうふうにしているのが好きなのかを、じっくりと知っていくことができました。狭い家でも全然大丈夫だったし、持ち物をコンパクトにすることも得意になっていました。以前から高知にある『沢田マンション』(※建築の専門家ではない夫婦がセルフビルドでつくった集合住宅)に住んでみたくて、子どもたちとそこにしばらく暮らしたこともありました。どんな家でも、コンビニのご飯でも、子どもたちと笑いながら過ごせたことで、“私はどこでも楽しく暮らせる”という自信がついていったんです」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

そうした経験ののちに建てたこの家は延床約34坪の木造2階建てで、家族4人が暮らす家としては一般的なサイズだ。パーケットフローリング敷きのLDKは約15帖とややコンパクトだが、Kさん家族は家にいるとき、ほとんどの時間をLDKで過ごしているという。ヴィンテージの大きなダイニングテーブルで勉強をし、お菓子作りをし、リビングで楽器をしたり遊んだり。休日もほとんど出かけず、家で一緒に過ごしているという。

「私たち、旅行に行ってもずっと宿の部屋でくつろいでいるんです。そもそも、レジャーがあまり好きじゃなかったんですね。家でもいつもみんなでリビングに固まっているから、広い空間は必要ないなと思って。本当は、もう私は家をつくるつもりがなかったんです。きっかけは、娘が“自分の部屋が欲しい”と言い出したことでした。それで、気分転換のつもりで土地を見に行ったら、ここに出会ったんです。子どもたちは敷地の前の坂でスクーターで遊びたい、ここに建てたいと言うし、私も山が見えることとこの場所の空気感が気に入って。そうしたら急にやる気が湧いてきて、この土地を買っていました」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

2階は北側に寄せて、家族それぞれの個室を4つ並べた。景色が開けた南側には廊下を配置。幅1.2mと幅に余裕を持たせた廊下は、一面に腰高の窓を設けた。布団を干したり、共有している本を置いたり、セカンドリビング的にくつろぐスペースとして使われている。

「個室を使うのは寝るときぐらいなのですが、私も含め、一人になれる場所も必要だと思って。服は家族みんなのぶんを1階のウォークインクローゼットにしまっていますが、そのほかの私物は個室に片付けるというルールで、共有スペースを家族みんなが心地よく使えるようにしています。一般的な家を考えたら、南側に個室という間取りになるのが普通だと思うんです。なので南側に廊下という提案にはびっくりしました。ここはとても贅沢な空間。このtoolboxのガーゼカーテンの光の透け具合もお気に入りで、夜に帰宅したとき、カーテンから光が漏れる家の姿を見ては、“良い家だなぁ”と感慨にふけっています」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

傾斜地に建つ家は、1階からも山と空が見える。庭側には、屋根と囲いを付けた4.5帖ほどのテラスをつくった。半屋外的な空間は、リビングの延長のような場所になっている。傘を干したり野菜を置くなど、家事室的にも使っているそうだ。テラスの横にあるのは居室から区切られた完全防音の音楽室で、近隣を気にせず思い立ったときにピアノが弾けるこの部屋の存在も、コンパクトにまとまった住まいでの暮らしにゆとりを与えている。

「音楽室は、最初は普通のつくりにして、アップライトピアノを置きつつみんなの趣味室として使おうと思っていました。でも当時、ストレートデザインラボラトリーのお仕事が詰まっていて、我が家の設計を具体的にスタートするまで半年ほど時間が空いたんです。その間に、“やっぱりグランドピアノを置こう!”と思い至って。設計が本格化する前に、家について考える時間を充分に得られたことは、私にとっては幸いでした」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

最初の家づくりでの経験から、今回は「自分の希望を、素直に遠慮せず言える相手に設計を依頼したい」と思っていたKさん。当初は別の設計事務所と家づくりを進めていたが、Kさんのやりたいことと建築家のやりたいことにズレを感じ始めたところで、建築家側から「私じゃなくてもいいのではないでしょうか」と助言され、計画を白紙に戻すことに。意気消沈したものの、家づくりの参考事例や建材パーツを探す中で見かけたストレートデザインラボラトリーを思い出し、「逆にこれは好機だ」と即座に連絡したという。

「私好みのパーツや素材を使ってくれそう、と思ったんです。そういうものは、建築家が決めるもの、という思い込みがあったんですよね。ストレートデザインラボラトリーなら、特別リクエストしなくても私の好きなものが使われた家ができそうだと思ったんです。実際は、パーツも素材も色も、自分の希望を反映できたわけですが。ストレートデザインラボラトリーの設計する家は、家によって顔が違うんです。それぞれの住まい手ごとの家をつくっていると感じました。今度こそ、“私の家”がつくれるんじゃないかと思ったんです」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

設計スタートを待つあいだ、Kさんは再度、“私の家”を熟考。海外製のガスオーブン付きコンロや照明器具を入手したり、当時住んでいた家での暮らしで不便だと感じることを検証したり、愛用している家具や道具を活用できるベストな形を検討したり。設計開始後は、そうしてKさんが研究し尽くした細かな暮らしのディテールを図面に落とし込んでいった。中でもキッチンは、Kさんの理想を詰め込んだ場所だ。

「間取りはプロに任せるところだと思うんです。それよりも大事にしたのは、ディテールでした。どんなパーツや素材を使うのか、暮らしの道具をどこに置くのか、どう使うのか。そういったことを反映していくことで、“私の家”になる。キッチンは特にこだわったところで、建築家の阿部勤さんの自邸を参考にして手前にバーをつけたり、自分の身長に合わせて出窓の高さや奥行きを決めたり、スポンジを吊せるように水切り棚を付けたり、食器棚の位置やゴミ箱を置くスペースのサイズを決めたり…。見た目の好みだけでなく、自分に合う使い勝手も叶えたかったし、それを考えている時間はものすごく楽しいものでした」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

空間と持ち物の色合わせにもこだわったというKさん。Louis Poulsenのランプのオレンジと、ミントグリーンのヴィンテージランプ、STAUBの鍋の色、レードルの赤、ダークネイビーで塗装した階段という、ダイニングキッチンを眺めたときの風景は、特にお気に入りだという。壁の色は、手持ちのSTANDARD TRADEの家具やヴィンテージ家具に似合いつつ、温かみも感じる黄色味がかった白をセレクト。パステルブルーにグレーをライン状に入れたタイルで仕上げた洗面室と、パステルイエローのタイルを貼った浴室は、ほのかに昭和レトロを感じさせる。

「古いものというか、“定番”と呼べるようなものが好きなんです。時代が変わってもその良さが変わらないもの。あとは、見た目だけでなく使い勝手もきちんと良いもの。この家も、余計な装飾や凸凹がなくて、掃除しやすいのが良いです。家も道具も、きれいにしやすい形の方が気持ちがいい」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

Kさんの一日は、朝4時から始まる。洗濯機を回し、浴室とトイレを掃除して、キッチンを拭き上げ、ガス乾燥機に洗濯物を入れる。そして近所の山へ散歩へ出かけ、家に戻ったら庭の手入れをし、乾いた洗濯物を隣のウォークインクローゼットに片付け、子どもたちの朝ごはんの定番だというマフィンを作る。夜も、仕事から帰ったら寝る寸前まで家の掃除や片付けをして、「今日もやりきった」という満ち足りた気持ちで眠りにつく。そんなルーチンをこなしたり、ルーチンの中で新しいことを発見する瞬間が、心地よいのだという。

「道具というものは、手入れをしながら使うほど、整っていくと思うんです。道具も、庭も、家も。手をかけて大事にするほど輝く気がするし、そうしたものに囲まれていると自分も元気が出てきます。この家は、まさに私の分身。家に手をかけることは、自分自身を大事にすることと同じだと思うんです。今はもう絵面ではなく、素の自分でいられる。この家を建てるのと一緒に、私も自分の生き直しをしたのだと思います」

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house

straight design lab | hanno house