宇都宮ハウス
utsunomiya house
House
text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda
– 10 years later –
暮らしが変われば求める豊かさも変わるから。
“工夫すること”を楽しみ続ける住まい
子供の成長や巣立ち、働き方や趣味嗜好の変化など、「暮らし」は変わり続けるもの。一方、「暮らし」がどう変化しても、「豊かに暮らしたい」という思いは人の心に常にあるものだろう。庫本知典さんと有基子さんご夫妻、長女と長男の4人家族が暮らす「宇都宮ハウス」が建ったのは2009年。当時はまだ幼かった子供たちも、今では高校1年生と小学5年生だ。「自分たちで工夫しながら住みたいから、ちょっと足りないぐらいの家が欲しかった」と話す庫本さんご家族の、暮らし始めて10年目の住まいを訪ねた。
「10年住んでも、“あそこをこうしてみたい”、“こんなことしてみたい”っていう思いが次々と出てくる。以前に比べたらインテリア雑誌や住宅の雑誌は見なくなったけれど、それでも暮らしていると、そういう欲求が出てくるんです。子供に手がかからなくなったら、少しずつじっくり手を加えていこうと思っていたんですが、今度は習い事やスポーツ活動に忙しい。“家に手をかける”というのは、強い意志を持って臨まないとなかなかできないものなんだなというのが、10年住んで学んだことです(笑)」
有基子さんはそう話すが、ご夫妻が植えた草花が生い茂る庭、バジルやセージ、トマトが育つ家庭菜園、表札の位置には魚のオブジェが飾られていたり、ブリキのバケツが郵便物入れとして使われていたりと、外回りを見ただけでも、“家に手をかけながら暮らす”という庫本さんご家族のスタイルが感じられる。
「アトリエは、いつか子育てや仕事が落ち着いたら、家で陶芸をやりたくてつくった場所。今は、応接間的に使うことが多いですね。プロジェクターで壁に映画を映して家族みんなで観たり、大人の飲み会をここでしたりしています。キッチンと玄関土間のあいだにつくった小窓がお茶や料理を出すのに便利で、重宝しています」
アトリエの棚にはお気に入りの器や雑貨が飾られ、正面の壁にはつい最近、佐々木美穂さんのイラストを飾った。有基子さんが夢である陶芸をここで始める日はもうしばらく先のようだが、家族のエクストラスペースとして使いながら、いつかの日の姿を想像して楽しんでいるそうだ。アトリエとLDKは、大谷石が敷かれた玄関土間で区切られており、行き来する際は下足を履くため、有基子さんは「離れみたいな感覚で、気持ちが切り替わる」と話す。
「ダイニングもお気に入りの場所。食卓からアオダモの樹が見えるようにしたかったんです。この吹き抜けも好きです。明るくて気持ちがいいし、上下階で声が届くのもいい。このあたりの戸建ての規模としては、うちは延床面積が100㎡ちょっとで小さい方なんですが、庭に面したリビングの窓や吹き抜けのおかげで、広く感じます」
階段の手すりに張られたカラフルなロープには、ポストカードや子供たちの学校やスポーツ活動からのお便りが吊るされている。これは子供たちが小さかった頃、転落防止ネットを張っていた時に生まれたアイデア。ダイニングとリビングのあいだにはIKEAのカーテンレールを取り付け、客人が泊まる時は布をかけて仕切れるようにしたり、玄関からLDKへの入口にハンガーラックをDIYするなど、「宇都宮ハウス」には暮らしの中から生まれたアイデアによるカスタマイズが各所に見られる。
「ストレートデザインラボラトリーへ設計を依頼したのは、学生時代からの友人だったということもあるけれど、私たちが望む暮らし方を受け止める家をつくってくれると感じたから。実際、この家は、何か手を加えようと思った時に加えやすい。おおらかさと余裕が感じられる家だなと思っています」
階段を上ると10帖ほどのフリースペースが広がる。これまでは子供の遊び場や家族共用のスタディコーナーとして使ってきたが、高校生になった長女が最近、スペースの一角にベッドとデスクを置き、自身の部屋にした。間仕切りに使っているのはカラフルなファブリック。庫本さんご夫妻はそろそろ長男の部屋もと考えているが、壁をつくって仕切るつもりはないという。
「あと数年もすれば、子供たちは独立して家を出て行く。寂しいけれど、もともとそういうものだとは思っていたので、子供部屋はしっかりつくるのではなくて、そういう風にも使える場所をつくってもらいました。将来は私の部屋になるかもしれないし、夫が使いたいと言うかもしれないですね。収納も、各所にたくさん造り付け収納をつくるより、どうとでも使えるスペースを広く確保することを優先しました」
収納は、玄関の下足入れとキッチン横のパントリー、寝室のクローゼットという、必ず収納が必要になる場所と、家族みんなが使える収納として、2階のフリースペースと寝室をつなぐ通路にオープン棚と引き戸付きの収納をつくった。フリースペースやリビングダイニングには収納を造作せず、庫本さんご夫妻が見つけてきた古道具やDIYした家具を駆使して、部屋を仕切ったりものを収めている。
「リビングとダイニングのあいだに置いているのは、古道具屋で見つけたキャビネットに、古い椅子の脚を自分でドッキングしたもの。置く場所を変えながら、ずっと使い続けています。鉄脚のダイニングテーブルはオーダーして作ってもらったもので、この家を建てる前から使っていました。最近、もともとの天板の上に古道具屋で見つけた古材の板を載せてみたんですが、反っていて家族に不評なので、また変えるかも」
変化する家族の暮らしに合わせてであったり、古道具屋での出会いがきっかけであったり。「宇都宮ハウス」のカスタマイズは家が建ち10年が経った今も続き、この先も続いていくのだろう。そんな変化を受け入れるために各居室はシンプルにつくられているが、一方で、建物の構造や性能など、簡単に手を加えることができない部分の計画は念入りに行われた。階段のそばに立つのは、「国立ハウス」にも使われているソーラーシステム「そよ風」のダクト。太陽熱と夜間の放射冷却といった自然のエネルギーを利用して室内の温熱環境を整えるもので、自然エネルギーの利用に関心が高かった庫本さんご夫妻の意向もあり採用された。
「夏の夜は床下から涼風が送られてくるし、冬も夜、家に帰ってくると暖かい。ほぼワンルームのような家ですが、断熱材をしっかり入れてもらったので、暑さや寒さに不満を感じたことはありません。機能的なところと言えば、玄関とキッチンと水回りと階段が近接してまとまっているのがいい。子育てしながら働く日々は忙しいけれど、この生活動線の便利さに助けられています」
黒目地の白い100角タイル壁、ステンレス天板のキッチンは、家事アドバイザーの石黒智子さんの自宅キッチンを参考にしたと有基子さん。ダイニング側に作った収納カウンターの天板は手の跡がつきにくいメラミン化粧板が使われており、10年使われてきたとは思えないほど、古びることなく維持されている。
「出入りが多いキッチンのフローリングは、数年前にオイルを上塗りしましたが、ほかの部屋の床は建てた当時のまま。本当はやるべきなんでしょうけど(笑)。無垢の木とか大谷石とか、自然の素材は経年変化が味になるからいいですね。キッチンや浴室のタイルは、拭くだけで手入れができて劣化しないところが気に入っています」
築10年が建った現時点で、キッチンの床以外に大きくメンテナンスをしたのは2階のデッキ。東日本大震災が原因で根太がずれて水はけが悪くなってしまい、腐っていた部分の根太だけを取り替え、シルバーグレーに経年変化していたデッキ材はそのまま使っている。積み重ねてきた時間が家に映し出されていくことも、庫本さんご夫妻が望んでいた住まいの姿だ。
「小さい頃から部屋の模様替えをするのが大好きで、いろいろな物をつくるのも好きでした。家を建てる前は古い家を借りて、自分たちでペイントしていました。でも、作ることはたしかに好きだけど、作ること自体が目的なわけではないんです。“ここにこんなものがあったら便利そう”とか、“これをこんなふうに使えないかな”とか、“あそこに絵を飾ったら素敵に見えそう”とか、暮らしをもっと豊かにするための工夫を考えるのが、楽しいんです」
変わりゆく暮らしと共に求める豊かさも変わっていくからこそ望んだ、“ちょっと足りないぐらいの家”。この家はこの先も、庫本さん家族の人生に寄り添いながら変わっていくのだろう。
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