park / NSSG
park / NSSG
Shop + Office
text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda
夫婦で営むデザインスタジオとショップは
「気持ちがいい生き方」を提案する場所
働くこと、暮らすことと、生きること。それらすべてがつながる「場」を持ったら、どうなるのだろう? そんな生き方の実践をしているのが、町田宗弘さんと町田紀美子さんご夫妻だ。調布市深大寺にある『park』は、紀美子さんが店主を務める、カフェと生活道具を扱うショップ。2階には、『park』を運営するデザインスタジオで、宗弘さんがアートディレクターを務めるNSSGのオフィスがある。ここは、ふたりがお互いの仕事と暮らしを広げるためにつくった場所だ。
「仕事でさまざまな事業のブランディングやデザインに関わっていくうちに、自分でも店をやりたいと考えるようになってきて。自らも店を運営したり事業を企画する側になることで、クライアントにデザインだけを提案するのではなく、もっと深く広いことが提案できるんじゃないかと思ったんです」(宗弘さん)
町田さんご夫妻は2012年から約5年間、2人のお子さんとともに東京から京都に移住。当初から、下の子が小学校に上がるタイミングで調布市内にある自宅に戻ることを決めており、宗弘さんは東京に戻ってからのオフィスの場所を検討していた。現在『park』が建つ土地は、そんな時に出会った場所だった。
「オフィスと同じ場所で、私たちが良いと思う生活道具を扱う店もできたら。そんなことを漠然と考えていたら、自宅から徒歩3分のこの場所に出会ったんです。まるで後押しされるように、オフィスとショップづくりが動き出しました。ここは、すぐそばに神代植物公園があって、隣地も植木屋さんの植木畑というとても気持ちの良い場所ですが、駅から遠いので、もっとゆっくりと過ごせる場所にするために、カフェも併設することを決めました」(紀美子さん)
『park』で提供しているのは、自家製カレーや手作りのおにぎり、ドーナツなど。料理が好きが高じて、マクロビオティックの教室に通ったり、薬膳を学んでいたこともあるという紀美子さん。メニューには、無農薬のお米や小麦など、“体に良くて美味しいこと”を重視して紀美子さんが厳選した食材が使われている。
「いろいろな料理を勉強してきましたが、私が心がけているのは、楽しく笑って食べることができる、美味しくて良いものを作ること。京都にいた時、仲間たちと無農薬で野菜を作っていたのですが、食べたものが体をつくっていくということを、その時にすごく感じたんです。この緑に囲まれた場所で、心が気持ち良くなる感覚だけでなく、体も健やかになる感覚を、訪れる人に持ち帰ってもらえるような食事を提供したいと思っています」(紀美子さん)
“食べたものが体をつくる”のと同じように、生活道具も“暮らしをつくるもの”として考えている宗弘さんと紀美子さん。器や服飾雑貨、文具にアクセサリー、食品など、『park』で取り扱っている生活道具たちは、町田さんご家族が実際に使ってみて本当に良いと思ったものや、その人となりや生き方に共感した作り手のアイテム。常設の販売のほかに、2ヶ月に1回ほどのペースで企画展も行っている。
「parkのテーブルや椅子、陳列棚は、ブックスタンドやなべ敷きなどを販売させてもらっている京都の家具職人・木印さんに作ってもらいました。子どもが歩き始めた頃、木印さんに作ってもらったナラの踏み台は、良い色に育って今も我が家で活躍しています。私は昔からものに深く愛着を持つ性格で、今我が家にあるのは10年以上使っているものばかり。作り手のことを知るとものへの思い入れが深まり、ものを大事にすると自分の暮らしも愛おしくなると思うんです。この場所を通じて、そんな暮らしを提案したいと思っています」(紀美子さん)
そんな紀美子さんの“好きだと思ったものをもっと知りたい”という気質が、設計者との出会いにもつながった。ストレートデザインラボラトリーが設計した京都にあるドイツ菓子のお店『Frau Pilz』を訪れ、誰が空間を設計したのか気になったという紀美子さんは、同社のホームページにたどり着く。そこで見た『国立ハウス』に惹かれたこと、さらに『HOMEBASE』の施主が宗弘さんの知人だったことなどから、自分たちの好きなものに共感してもらえそうだと感じたという。
「当初は、自宅のリノベーションを相談していたんです。その途中でこの土地に出会って、店とオフィスの設計をお願いすることにしました。設計の際は、自分たちの好みのものや空間の写真をたくさん見てもらいました。店づくりは僕たちにとって初めてのことでしたが、1階のプランはストレートデザインラボラトリーの東端さんと話すうちにすっと決まっていきました。2階のオフィスは、空間さえあればほかには何もなくていいとお願いしました。何かやりたくなったら、その時に変えればいいと思って」(宗弘さん)
2階のオフィスは、三角屋根の形そのままの高い天井が気持ちのいい空間。現在は空間の中央にレコード棚を置き、スタッフのデスクスペースと打ち合わせスペースを緩やかに仕切って使っている。壁2面はSAT.PRODUCTSのブラケットを使って棚を取り付けた。仕事の資料や書籍、店の在庫などがずらりと並んでいる。
「壁の棚は、設計の途中で作って欲しいとお願いしました。SAT.PRODUCTSのブラケットは、棚が浮いているように見えるところが気に入っています。レコード棚は、campの大原温さんに依頼して作ってもらったもの。レコードは今、2000枚くらい持っていると思います」(宗弘さん)
仕事は、お気に入りのアーティストのレコードを聴きながら。ひと息つきたくなったら1階『park』に降りて、京都ヤマダベーカリーのカステラを食べる。宗弘さんの起床は6時。子ども達を学校に送り出した後、大体9時半から仕事をして、19時には帰宅。デザイナーと聞くと、昼夜問わずパソコンに向かっているイメージだが、宗弘さんのワークスタイルは至極健全だ。
「10年前は原宿にオフィスを構えていました。調布から満員電車に揺られて通勤するのも、帰宅が遅くなるのも、“こういうものだよな”と。でも思い返すと、独立前に勤めていた事務所にいたころは、“自分で事務所を構えたら、こういう働き方はしたくないな”と思っていたんですよね。京都での暮らしを経て、自分が気持ちいいと感じるものや環境を優先しようと思うようになりました。この場所を得て、よりストレスのない仕事と暮らしができるようになったと思います」(宗弘さん)
生き方が変わったと感じているのは、紀美子さんもだ。お子さんが生まれる前は、アパレル会社や制作会社に勤めていた紀美子さん。京都から東京へ戻ってきた時は、お子さん二人が小学生になり、これまでの自身の暮らしの中で育んだものを活かすことができる生き方を考えていたタイミングだった。
「開店直後まではバタバタだったんですが、日々を重ねるうちに、バランス良く働けるようになりました。営業日は木・金・土・日で10時から17時。お子さんがいるスタッフもいるので、それぞれの時間を調整しながら営業しています。スタッフも、ここに来ると気持ちがいいと言ってくれるんですよね」(紀美子さん)
食べ物を選ぶこと、使う器を選ぶこと、着るものを選ぶこと、聴く音楽を選ぶこと。どんなものを選び、どんなものに囲まれて生きるのかが、暮らしの心地よさを決める。それは、住む場所や働く場所についても同じこと。紀美子さんは、「ものが簡単に手に入る今の時代だからこそ、ものを選ぶという日常のシンプルな行為を大事にしたい」と話す。それなりのもので暮らしを満たすのは簡単だ。だが、その暮らしの質はどうだろう? 使うほどに、共に過ごすほどに、気持ちが豊かになるものを選ぶこと。宗弘さんと紀美子さんがそんな視点で選びつくったこの場所は、「暮らしを豊かにするもの選び」を他者にも考えさせてくれる。
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