中野ハウス
nakano house
House
text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda
“ちょっと足りない”が生みだす“ゆとり”。
暮らしながら満たしていく小さな家
人々で賑わう中野ブロードウェイのすぐそばとは思えないほど、静かで穏やかな住宅地に、さりげなく佇む三角屋根の住まい。グレーの外壁と大谷石ブロックの塀という落ち着いた趣に、スカイブルーのドアが爽やかな印象を添えている。この家に暮らすのは、30代のご夫婦と2人のお子さんのKさんご家族だ。
“いる”=代々木公園、鎌倉、吉祥寺、路地、横丁…。“みる・よむ”=有元利夫、谷川俊太郎、山田かまち、ディック・ブルーナ…。“きく”=RCサクセション、曽我部恵一、斉藤哲夫、ハナレグミ…。“建物”=俵屋旅館、前川國男邸、ル・コルビジェの小さな家…。“その他”=余白と余韻、縁側、裸電球、焚火、縁日、奥ゆかしさ、スモール…。
これらは、ストレートデザインラボラトリーとの初めての打合せの際、ご主人が持参したリストの抜粋。普通なら、広さや間取り、機能といった住まいへの具体的な希望をまとめそうなところだが、ご主人は“自己紹介”として、自身の“好きなもの・こと”リストを用意したという。「こんな形、こんな機能の家がほしいというよりも、自分たちにとって居心地がいい場所としての家がほしかったので、まずは自分たちがどんなものに心地よさを感じているのかを知ってもらいたかったんです」。そんな、感覚の共有から始まった住まいづくりは、1回目のプラン提案でほぼ現在の形ができあがっていたという。
建坪約11坪の小さな2階建ての住まいは、1階は玄関と水廻りと間仕切りのない個室、そして本棚とデスクが造り付けられた土間に、小さなテラス。2階はリビング・ダイニングとキッチン、主寝室という構成。家族4人暮らしにしてはミニマムな内容だが、ご主人は「“ちょっと足りない”家にしたかったんです。すべてが満たされていなくてもいい、少し不便なくらいでいいと。始めからすべてが揃っているのは、将来の暮らし方まで決められてしまうような気がして嫌だったんです」と話す。
そんなKさんご家族の住まい方の象徴が、1階の土間だ。廊下でも部屋でもない、曖昧なスケールの空間。ここは、お気に入りの本や雑貨を飾るギャラリーであり、階段に腰掛けて本を読む読書スペースであり、ご主人のワークスペースであり、お子さんのプレイルームでもある。「子どもが大きくなったら、間仕切りをつくって子ども部屋にするかもしれないし、こちらを夫婦の寝室として使うかもしれない。それに合わせて、この土間の使い方も変わっていくでしょう。使い道を限定せず、“こんな風にも使えるかも”と考える余地があることが、気持ちにゆとりを与えてくれているように思います」(ご主人)。
ほの暗さが心地よい土間は、「トンネルのような、抜け感と籠もり感がある空間にしたい」というご主人のリクエストを反映したものでもある。玄関から真っ直ぐ、奥の小さなテラスへと続いていく土間空間は、小さな路地が入り組んだ中野の街を彷彿とさせる。
一方の2階は、三角屋根の高天井が開放的な、白く明るい空間。白い壁がコーナー窓とトップライトからの光をやわらかく拡散し、フロア中を満たしている。「リビングに差し込む朝の光がとても気持ちいいんです。それと、雨が屋根を打つ音が聞こえたり、曇ると部屋に差し込む光が弱ったり。家の中にいても、外を感じられることが心地いい」と奥さま。
外部とのつながりを感じる仕掛けは外観にも。ずっと以前からそこに建っていたかのように街並に馴染んでいる外観は、“素朴”、“親しみ”、 “ノスタルジー”、“チャーミング”といった、ご主人発のキーワードから導かれたもの。中野の街の賑やかな雰囲気と、近隣の落ち着いた風情を取り込んだ佇まいを望んでいたという。時を経て、さらに街並にとけ込んでいくのだろう。1階の土間や、2階のコーナー窓、そして外観から覚える、「街と地続きでつながっている」という感覚が、この小住宅の世界を拡張しているようだ。
ストレートデザインラボラトリーが過去に設計した住まいを見て、「何もしていない感じがよかった」と話すKさんご夫妻。たしかにこの住まいも、大胆な間取りではないし、個性的なインテリアでもない。飾り気のないデザインだ。でも、リビングで遊ぶ子どもたち、その様子をキッチンから見守る奥さま、上階の気配を感じながら土間で本を読むご主人…。そんな何でもない日常の暮らしのシーンが納まることで、まっさらな箱のような住まいが生き生きと色づきだす。
取材に訪れたのは、住み始めてから10ヶ月が経った頃だったが、ものが少なく、とてもすっきりと暮らしているのが印象的だった。そんな感想を伝えると、「リビングの造り付けのベンチの中には子どものオモチャがどっさり(笑)。でもたしかに、ものはあまり持たない方です。買うのは、本当にほしいと思ったものだけ。自分たちが心地よいと思うものをこれからゆっくりと集めていって、住まいをつくっていきたいと思っています」とご主人。日々の暮らしによって少しずつ満たされ、住まい手の色に染まっていく、余白のある住まい。10年後、20年後には、一体どんな姿になっているのだろう。Kさんご家族の住まいづくりは、始まったばかりだ。
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