小石川フラット
koishikawa flat
Renovation
text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda
家具好き、もの好きな住まい手の
今とこれからをボーダーレスに受け止める空間
「この家に暮らし始めて、カフェに行く回数が減りましたね。出掛けていても、“家に帰って、コーヒーを飲もう”って」。文京区内にある築30年、61㎡のマンションを購入し、リノベーションした I さんは現在29歳。10代の頃から住宅雑誌やインテリア雑誌を読み耽り、自分好みの家をつくることを長年夢見て来たという。ストレートデザインラボラトリーへの依頼のきっかけは、同社が設計した『国立ハウス』を雑誌で見て。「どんなテイストにも偏らない、ニュートラルなデザインに魅力を感じました」と話す。
「昔からインテリアが好きで、ミッドセンチュリーからアンティーク、インダストリアル系、そして今は北欧ナチュラル系といった嗜好遍歴を経てきました。気に入って手に入れたものなので、嗜好が変わったからといって手放すのではなく、今でもそれらの家具を使い続けています」。そんな I さんが求めていたのは、これまで収集してきた多様なテイストの家具と、今後も変わっていくだろう自らの嗜好を受け入れてくれる空間。 同時に、長年思い描いて来た理想の空間についての構想を叶えたいという想いもあった。
「土間、眺めの良いキッチン、広いバスルーム、ガラススチールの間仕切り、パーケットフローリングの床、水廻りにはサブウェイタイルを…という風に、間取りから素材、ディテールまで、やりたいアイデアがたくさんありました。最初は表面上のこだわりが多かったのですが、ストレートデザインラボラトリーとプランをやりとりするうちに、“どう暮らしたいのか”を考えるようになっていったんです。そうやって今の暮らしを見つめ直した時、ワンルームでいいんじゃないか?という思いに至って、最終的に行き着いたのは『国立ハウス』でした」。
『国立ハウス』は、約16㎡のワンフロアを3層重ねた、延床面積が50㎡に満たない小住宅。そのスケールから、住まいに設えられた要素は最低限。余計なものを盛り込めないからこそ、流行に左右されず、長く親しみを持って使える、シンプルでベーシックな空間を目指してつくられた家だ。家づくり時点での I さんは独身だが、今後、結婚をして家族が増えることも考えられ、趣味嗜好だけでなく、ライフスタイルもまだまだ変わっていく可能性に満ちている。今からフル装備をしなくても、必要なものを、必要な時に足していけばいい。表層も、その時々の暮らし方によって変えていけばいい。ミニマムゆえに多くの余白を備えた『国立ハウス』のプランは、家具好き、もの好きの I さんのライフスタイルにもフィットするものだった。そうして、戸建てである『国立ハウス』のプランを平面展開した、現在のプランができあがった。
玄関を入ると、悠々と広がる土間空間。片側には、床置きされたバスタブ。その奥にはシャワーブースと洗面台が並ぶ。反対側の壁際にはデスクが置かれ、中央には小さなテーブルが置かれている。ここはワークスペースであり、ハンモックで寛いだりするセカンドリビング的な空間であり、カーテンを開けて入浴すれば、この土間空間全体がバスルームとなる。小さな開口が開けられた壁の先はベッドスペースとウォークインクローゼット。その先、ひとまわり大きな開口が開けられた壁の向こうにはリビング・ダイニング・キッチンがあり、窓からの開放的な眺めが広がっている。大まかに3つのスペースに分けられた空間をつなぐのは、土間床の通路と本棚。土間床はベランダに面した窓辺まで続いており、縁側のような雰囲気も醸し出している。
「ものが多いので、ごちゃごちゃしてしまうかなと思っていたのですが、壁の開口部が高めの位置に設けられているので、空間がすっきりして見えます。ワンルームスタイルですが、適度な籠もり感と開放感があって心地いい。友人をたくさん招いた時も、さまざま居場所があるので、窮屈にならず快適に過ごせました」。
ステンレスフレームの質素なキッチンやグレー目地の白タイル壁は『国立ハウス』を踏襲しているが、リビング・ダイニング・キッチンの床は幅広のフローリング、ベッドスペースの床はサイザル麻と、 I さんの好みでセレクト。コンクリート躯体を露出させた壁と天井と梁は、部分ごとに素地と白塗装に仕上げを変えている。「あんまり奇麗に仕上げ過ぎると、浮いてしまう家具もある。逆にラフにし過ぎても、空間自体がインテリア性を主張してしまう。今は良くても、いずれ飽きがきてしまうかもというアドバイスを受け、どちらにも偏りすぎないラインを狙いました」。
住まい手の今現在の感性や暮らしを受け止めながらも、先々の変化にも柔軟に応える、フレキシビリティのある空間。 I さんの長年の想いが結実した住まいは、今の喜びだけでなく、未来への楽しみも備えている。「家づくりを終えての感想?…そうですね、10年後にまた家づくりがしてみたいです。この家をリノベーションするのもいいし、でもこの空間も気に入っているので、二軒目へトライすることも画策しています」と笑顔で話す I さん。10年越しで叶えた I さんの家づくり計画は、まだ第一段階を終えたに過ぎないのかもしれない。
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