西片フラット

nishikata flat

text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda

西片フラット

暮らしのワンシーンを丁寧に、日常を慈しむ。 
非日常感がもたらす寛ぎの時間

玄関を入り、ふわりと漂う爽やかな香りとともに感じたのは、澄みきった空気。大きな家具は、北欧アンティークのソファとカフェテーブルだけ。さりげなく飾られた器や花、絵画以外にほとんどものがないリビングには、初春の穏やかな日差しが燦々と注いでいる。あたたかい日だまりの中で、窓外に広がる都心の空を眺めながら過ごす静かな時間。それは、なんと贅沢で豊かなひとときだろう。

「どんな家にしたいのかと聞かれた時、思い浮かんだのは軽井沢の万平ホテル。昭和初期に建てられた和洋折衷なデザインのクラシックホテルで、あんな空間が良いと伝えました。その時は、その理由を深く考えていなかったのですが、こうしてでき上がった空間に身を置いてみて、ホテルで過ごす時のような非日常感が暮らしにほしかったのだと気づきました」。 そう話すのは、この家に住むUさん。 お茶会のお稽古帰りとのことで、和装で出迎えてくれたUさんは、淡い桃色の小紋に若草色の帯揚と帯締め、紅色の帯という装い。 ほのかに和の風情が漂う空間に、とてもよく似合っている。

straight design lab | nishikata flat

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Uさんが暮らすのは、文京区にあるマンション。築年数は古いが、駅近にあり、昭和クラシックなエントランスロビーや吹き抜けのホール、行き届いた管理状態など、ヴィンテージと呼ぶに相応しい佇まい。窓から見える景色が開けているところと、風が通り抜ける清々しさが気に入って購入したという。

広さが90㎡弱ある住まいは、そのゆとりを活かして、パブリックなリビング・ダイニングとセミオープンのキッチン、ベッドルームとプライベートなリビングルーム、予備室という、滞在型ホテルのようなプランにリノベーション。リビング・ダイニングとキッチンの間や、リビングルームの入口、ベッドルームの間仕切りには、Uさんが見つけてきたという日本の古建具を用いた。白壁と無垢フローリングで構成されたシンプルなインテリアに、格子窓が映えている。そこへ北欧アンティーク家具が設えられた様は、和風というよりもジャポニズム。外国人が和のエッセンスを住まいに取り入れたら…といった雰囲気だ。 

「趣味で着付けをやっていることもあり、友人たちに着付けができるスペースがほしいという気持ちはありました。そういった、友人を招きやすい家にしたいと思っていたんです。一方で、ここで暮らす私自身も、招かれた客人のように寛ぎたい気持ちがあったのでしょう。仕事が忙しくて、平日は朝に家を出たら夜遅くに帰ってくるだけの生活ですし、癒しのある空間を求めていたんですね、きっと」。

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東側にある寝室の窓の外は高い建物があまりなく、そこから眺める朝の空が気持ちいいとUさんは話す。夜は、プライベートリビングで間接照明を灯し、ちょっとお酒を飲みながら夜景を眺める。休日の午後は、南に面したリビングの日だまりの中でお茶を楽しむ。そんな風に、場所それぞれでの寛ぎ方を楽しんでいるという。

ともすれば、ひとり暮らしには持て余してしまいそうなスケールの住まいだが、暮らしのシーンをあえて切り離したことが、空間にリズムをつくりだす結果に。同時に、どこかひとつだけの場所を引き立たせるのではなく、それぞれの場所を“ハレの間”として仕立てることで、何でもない日常のシーンすらも特別な時間のように感じられる、“非日常感”が漂う住まいを成立させている。 

キッチンをセミオープン型にしたことも、仕事から疲れて帰って、洗い物が目に入ったのでは寛げないだろうという設計者の配慮から。かつ、元々は窓もなく狭いスペースだったキッチンを、陽当たりのよい位置へ移動させて広さを確保し、キッチンもひとつの“ハレの間”として、そこで家事をする時間も楽しめるようにしている。 バスルームは、防水面への考慮からユニットバスを選んだが、洗面カウンターをタイルで仕上げて、ホテルライクなサニタリーに仕上げている。

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「空間が広いので、こだわるところにはこだわり、既存を活かせる部分は活かして、コストバランスを考えてもらいました。私が化学物質過敏症であることもあって、床は無垢のパイン材、リビングルームとベッドルームの壁はホタテ漆喰、その他の塗装には揮発物質の少ない塗料を使ってもらうなど、素材には特にこだわりました」。都心のマンションながら、まるで森の中にいるような澄み切った空気が漂うのは、消臭や調湿性に優れた自然素材によるもの。この空気も、この家の“非日常感”を高める一因になっているようだ。 

Uさんの住まいへは初めて、しかもインタビューのために訪れた身でありながら、そのホスピタリティ溢れる空気感に、すっかり寛いでしまった。それは、この空間が醸し出すものでも、住まい手であるUさん自身が醸し出すものでもあるように思った。家の各所に飾られた草花や器にも、潤いや華がある空間の豊かさを知る、Uさんの暮らしへの美学が伺える。忙しい日常を送っていても、“暮らしを丁寧に楽しむ”はできることを教えてくれる住まいだ。

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