原宿フラット

猫と、旅と、くつろぎと。
「好き」に囲まれて暮らすカラフルな部屋

賑やかな原宿の街の奥にひっそりと佇む、築40年越えのヴィンテージマンション。その一戸をリノベーションして暮らすのは、フォトグラファーの浜村菜月さん。燦々と光が差し込む窓辺に“小上がり”ならぬ“小下がり”を設けたリラックス感溢れる住まいを、浜村さんによるお写真と文章でご紹介します。

浜村菜月さん フォトグラファー。2014年に独立。現在は女性誌や書籍の撮影を中心に活躍中。 2015年10月よりマンチカンの“まきゃべり”を飼い始める。猫を可愛く撮る、プロならではのテクニックやSNS映えするアイデアを多数紹介した『猫と楽しむニャンスタグラムのすすめ LET’ S ENJOY CAT×Instagram』(インプレス)が発売中。まきゃべり専用インスタも人気。Instagram:machiavelli_y

 

#猫との暮らし

我が家は、私と夫と猫のまきゃべり(♂)の3人家族。

まきゃべりとの出会いは、以前住んでいた家の向かいにあったペットショップ。ウィンドウにいた彼の存在に気づいてからというもの、お店の前を通るたびに外から眺めたり、ちょっかいを出したりしているうちにすっかり情が湧いてしまい、我が家の一員になりました。

名前はイタリアの政治学者で『君主論』を書いたニッコロ・マキャベリから。響きが面白いのと、試しに姓名判断してみたら、ひらがな表記の“まきゃべり”が大吉だったので。

まきゃべりは我が家の“君主様”。彼のために、リノベーション後の住まいは扉をできるだけ少なくして、家の中を自由に行き来できるようにしました。

彼のお気に入りの場所は、外が眺められる窓際。上からも下からも開閉できるロールカーテンにして、光をたくさん取り入れられるようにもしました。爪痕がつきづらいようにフローリングは硬めのオーク材を選びましたが、まきゃべりの足の負担が減るように、ラグをたくさん敷いています。

リビングのテーブル天板に使ったtoolboxのパーケットフローリングの余りで作ったキャットステップもお気に入りの場所のひとつ。私の仕事場の椅子も、彼のまどろみスポットです。

#リラックス

お気に入りのラグを敷き詰めた“小下がりリビング”は、リラックスのための場所。まきゃべりと遊んだり、映画を観ながらゴロゴロしたりしています。

“小上がり”ならぬ“小下がり”になったわけは、マンションの造りが、床に梁がある“逆梁方式”だったから。リノベーションではよく「天井を上げる」と聞きますが、これは梁の下に貼られた天井板を取り払って、梁以外の部分の天井の高さを上げる方法。逆梁方式の我が家では天井が上げられなかったのです。

ならば床は下げられる?と思いつき、少しでも部屋が広く感じられるよう、もともとあった床板を取り払って、リビングを小下がりにしてもらいました。

小下がりの幅に合わせて作ったテーブル天板をはめ込めば、ダイニングに早変わり。友人が遊びに来た時はここで食事をしたり、ゆっくりお酒を飲んでいます。初めて来た人も「居心地がいい」とゴロゴロしてくれる、自慢のリビングです。

寝室はクローゼットと寝るだけのシンプルな空間に。サニタリーはほかの部屋とは気分を変えて、名古屋モザイクのマットな質感のモザイクタイルを選びました。鏡はPACIFIC FURNITURE SERVICE、洗面器はDURAVITのもの。タイルに合わせて、クラシカルな雰囲気のあるものを選びました。

#キッチン

Tse&Tse associeesのインディアンキッチンラックは、絶対に使いたいと決めていました。キッチンそのものはできるだけシンプルにしたかったことと、部屋が広くないので、壁付け型に。キッチンの面材はラワン合板で仕上げて、PACIFIC FURNITURE SERVICEの壁付け照明と、白い二丁掛けタイルをポイントにしました。

吊り戸棚や引き出しなどの収納は、たくさん作ると部屋に圧迫感が出てしまいそうだったのでなるべく作らず、調味料や調理器具は買い集めているカゴに収納。冷蔵庫やオーブン、ストック食材など、あまり表に出したくないものは、リビングダイニングから死角になるように設けてもらったキッチン奥の収納にしまっています。

インディアンキッチンラックに並べたカラフルな食器たちは、旅先の思い出として買って来たもの。フランス、イタリア、イギリス、ポルトガル、ロシア、モロッコ、タイ、台湾、北欧、国内では沖縄、益子、石川県や九州など。蚤の市などで掘り出し物を探すのが楽しくて、旅に行く度に増えていきます。旅先からの持ち帰りと使いやすさも考えて、軽さを重視して選んでいます。

#旅とインテリア

旅先の蚤の市やお土産屋さんで見つけてきた雑貨たちは、SAT. PRODUCTSのブラケットで作った飾り棚に。最近は国内の民芸品も集めるようになりました。最近、シンガポールから仲間入りしたばかりの猫の置物は、妙に味のある表情をしていてお気に入りです。

ダイニングテーブルはH.P.DECOで見つけたフランスのヴィンテージ。窓辺に置いたHONORÉのローチェアは、まきゃべりのお気に入りの寝床のひとつです。

PASS THE BATTONで見つけたハンモックもフランスのヴィンテージで、国内で売っているものではあまり見かけないマドラスチェックが可愛いなと思って購入しました。

クッションはタイ、シンガポール、フランス、イタリア、モロッコ、タイ、インドなど旅先で。カラフルなものや柄ものが好きなのですが、クッションは白が入っているものを選ぶルールを設けて、コーディネートに統一感が出るようにしています。カーテンなど、大きい面積を占める布ものも白にしています。

部屋のいたるところに敷き詰めているラグは、モロッコで買った“ボシャラウィット”。ボシャラウィットはハギレや古着を使って織られたモロッコのラグのことで、地域によって色も柄もさまざまななので、探すのも選ぶのも楽しいです。どれも個性があってお気に入りですが、まだ日の目を見ずにいる出番待ちのラグも何枚か…。

#リノベーション

このマンションに決めた大きな理由は、日がたくさん差し込む大きな窓と、住んでいる人たちが愛着を持って暮らしていることが、管理状態の良さから感じられたから。

以前、住んでいたのは、同じく原宿エリアにある広めのワンルーム。私がカメラマンとして独立して家で仕事をするようになり、仕事をするスペースと生活をするスペースを分けたいと思うようになったことが、住み替えのきっかけでした。

この街が気に入っていたので近所で物件を探したものの、思うような物件はなかなか見つからず…。周辺には築40年を超える古いマンションが多かったこともあって、自然と“中古マンション+リノベーション”を考えるようになりました。

雑貨が好きで、服も靴も好き。当初から空間自体はシンプルで、旅先で買い集めたものたちが映えるような部屋にしたいと思っていました。たくさんの設計事務所のホームページを見る中で、ストレートデザインラボラトリーに出会い、シンプルかつ洗練されている設計に惹かれました。細かいディテールまで好みでしっくりきたことも、設計の時にストレスなくコミュニケーションが取れそうだと思って、リノベーションをお願いしました。

夜な夜な世界中のインテリアサイトを巡っては、イメージを膨らませたり悩んだりしたことも、今ではいい思い出です。たくさん悩んだけど、とても楽しい時間でした。

壁を塗ったり、フローリングにオイルを塗ったり。友達に手伝ってもらってDIYにもトライしました。小下がりリビングのテーブル天板もDIYです。自分で手をかけることで、部屋への愛着がどんどん湧きました。

もともと、家で過ごす時間が大好きな私。旅の思い出に囲まれながら、愛するまきゃべりとまったりできる理想の家をつくることができて、とても満足しています。

色、素材、かたち。
心地よさを五感で感じる、モノトーンの家

間取りを劇的に変えることだけが、リノベーションだろうか。もともとの間取りでも、家族構成やライフスタイル的に不便はない。でも、もっと自分たちに心地のいい空間にしたい。間取りは大きく変えずに、空間の質をつくり変えることができたら。そんな、リノベーションによる家づくりの可能性を示唆してくれるのが、『国立フラット』だ。

『国立フラット』に暮らすのは、木工作家の西本良太さんとグラフィックデザイナーの葉田いづみさんご夫妻、そして4歳になる息子さんの3人家族。1981年築の「壁式構造」のマンションで、1階住戸、75㎡、3LDKの物件を中古で購入し、リノベーションした。壁式構造の建物は、柱や梁ではなく、壁が建物の荷重を支える造りになっているため、ほとんどの間仕切り壁は撤去ができない。そこで、間取りはそのまま、各部の仕上げや設備、家具に用いる素材や色を整えることで、空間の佇まいを一変させた。

「必要だったのは、子供部屋と夫婦の寝室、そして私の仕事部屋。なので、間取りがほとんど変えられなくても問題はありませんでした。キッチンが独立していることも、生活感があまり露出しないので、自宅で打ち合わせをすることが多い私の仕事的には都合が良かったんです」(葉田さん)

玄関を構成するのは、芦野石の床、白く塗装したラワン合板の扉と白い人工大理石の天板で造作されたシューズボックス、グレーがかった白ペンキで塗り上げられたラワン合板貼りの壁天井。芦野石の床はそのままリビングダイニングへと続き、グレーに塗られたラワン合板の床に切り替わる。リビングダイニングの壁天井も白く塗装されたラワン合板仕上げ。一面だけ躯体現しにされたコンクリート壁がアクセントになっている。

「前に住んでいた家でもグレーに塗った合板を床に敷いていました。それを見たストレートデザインラボラトリーの東端さんが気に入ってくださって。合板を貼って塗装するという床の仕上げ方は、板が反ってしまったり塗装が剥がれる可能性があるので、設計士側からはなかなか提案しにくい方法らしいのですが、7年以上暮らした我が家の床の状態が良かったこともあって、この家も同じ床にしようというところから、空間づくりが始まっていきました」(葉田さん)

キッチンもモノトーンで統一。床は白系のPタイル、壁はグレーの100角タイルという、昔から水回りに多用されてきたスタンダードな素材を用いながら、オールステンレスのオリジナルキッチンで空間にシャープさを演出。一方、洗面室は、ベーシックな色と形ながらサイズ感が珍しい200角の白タイルを壁に貼り、一部の壁は白ペンキで塗装したコンクリート躯体壁として、素材のコントラストが楽しい空間に仕立てている。

白からグレーのグラデーションで整えられた空間は一見シンプルだが、光を受けた時の表情、手足に触れた時の感触、音の響きなど、さまざまな質感を持つ素材たちが五感を通して感じられ、その刺激が心地よい賑やかさを空間にもたらしている。

「床に敷いた芦野石は、採掘どころである栃木に行った時に芦野石で作ったコースターに出会い、その時からいつか何かに使いたいと思っていた素材でした。シューズボックスは、ラワン合板と人工大理石を組み合わせたら面白いかなと思って。壁の一部をコンクリート躯体現しにしたのは、ストレートデザインラボラトリーからの提案でした。僕の作品を家で撮影することがあるので、いろんな背景があったほうがいいだろうという配慮からでしたが、おかげで空間にメリハリが生まれました」(西本さん)

“木工作家”という肩書きながら、木だけでなく、プラスチックや金属など、さまざまな素材を用いてプロダクトづくりに取り組んでいる西本さん。安価な材料であり、内装仕上げ材として使われることは少ないラワン合板と、高級キッチンなどに用いられる人工大理石を組み合わせるというアイデアは、西本さんらしい発想だ。

一方、グレーを空間の基調にすることは葉田さんの意向からだったが、そこにはグラフィックデザイナーとしての葉田さんのスタンスも感じ取れる。葉田さんが手掛けているのは、主に本。その本がテーマとするものや著者のメッセージを、いかに明確に伝え、共感を誘うかがデザインのポイントになるだろう。物質としての「本」と「テーマ」の関係を住まいに置き換えるとしたら、「空間」と「暮らし」。空間がやたらに飾り立て主張するのではなく、主題である「暮らし」の背景としての空間という認識が、『国立フラット』のデザインの要になっているのではないだろうか。

「無垢の木で作ったものだったり、漆喰だったり、それ自体は嫌いではないんですけど、ナチュラルさを前面に押し出したテイストは、個人的にあまり好きじゃなくて。モダンデザインも好きですが、ここはギャラリーではなく、生活をする家。そういう私たち夫婦の好みに共感してくれそうだなと思ったのが、ストレートデザインラボラトリーだったんです」(葉田さん)

色や素材だけではない。細部の納まりにも気を配り、空間の形を整え直していることも『国立フラット』の特徴だ。マンションリノベーションでは「天井を少しでも高く」という要望から、天井板は撤去され、躯体現しの直天井になることが多い。しかし『国立フラット』は、ラワン合板を貼って白く塗装した吊り下げ天井。壁と天井の見切り部分は、施工の際の誤差に考慮して設けたわずかなスリットが隅を強調し、それぞれの面を引き立てている。

「直天井にすると、照明を取り付けるために配線ダクトレールを天井に設置することになりますよね。それがあまり好きじゃなくて。空間の隅が見えるようにするのも、設計で配慮してもらったことですね。床や天井の隅が見えると、空間がすっきり見えるんですよ」(西本さん)

西本さんのそうした考えは、家具のレイアウトにも反映。リビングのコンクリート壁に取り付けたヴィツゥの「606 ユニバーサル・シェルビング・システム」のシェルフは、床の隅が見える高さに設置。TVまわりのAV機器も床置きを嫌い、専用の壁付けシェルフを西本さん自ら造作。普通の人なら気にもかけないような細部の形や見え方にまで気を配るところに、夫妻のデザイナーとしての意識の高さがうかがい知れる。

「なるべく床にものを置かないというのは私の昔からのこだわりでもあって、理由は掃除をしやすくしておきたいから。でも、部屋が片付いている片付いていない以前に、空間そのものがすっきりきっちりしているから、気持ちがいい。スケルトンにしていちから空間をつくるリノベーションも面白かったかもしれませんが、今ある空間を素材と形でデザインするやり方は、私たちに合っていたように思います」(葉田さん)

「デザインのいいプロダクト」とはどんなものだろうか。使いやすいだけでなく、その姿からも心地よさを感じられること。そして、そのもの本来の用途における満足を越えて、使う人に豊かさを提供できること。『国立フラット』は、そこに住まう家族の豊かな暮らしのイメージを喚起させる、名プロダクトだ。

家具好き、もの好きな住まい手の 
今とこれからをボーダーレスに受け止める空間

「この家に暮らし始めて、カフェに行く回数が減りましたね。出掛けていても、“家に帰って、コーヒーを飲もう”って」。文京区内にある築30年、61㎡のマンションを購入し、リノベーションした I さんは現在29歳。10代の頃から住宅雑誌やインテリア雑誌を読み耽り、自分好みの家をつくることを長年夢見て来たという。ストレートデザインラボラトリーへの依頼のきっかけは、同社が設計した『国立ハウス』を雑誌で見て。「どんなテイストにも偏らない、ニュートラルなデザインに魅力を感じました」と話す。

「昔からインテリアが好きで、ミッドセンチュリーからアンティーク、インダストリアル系、そして今は北欧ナチュラル系といった嗜好遍歴を経てきました。気に入って手に入れたものなので、嗜好が変わったからといって手放すのではなく、今でもそれらの家具を使い続けています」。そんな I さんが求めていたのは、これまで収集してきた多様なテイストの家具と、今後も変わっていくだろう自らの嗜好を受け入れてくれる空間。 同時に、長年思い描いて来た理想の空間についての構想を叶えたいという想いもあった。

「土間、眺めの良いキッチン、広いバスルーム、ガラススチールの間仕切り、パーケットフローリングの床、水廻りにはサブウェイタイルを…という風に、間取りから素材、ディテールまで、やりたいアイデアがたくさんありました。最初は表面上のこだわりが多かったのですが、ストレートデザインラボラトリーとプランをやりとりするうちに、“どう暮らしたいのか”を考えるようになっていったんです。そうやって今の暮らしを見つめ直した時、ワンルームでいいんじゃないか?という思いに至って、最終的に行き着いたのは『国立ハウス』でした」。

『国立ハウス』は、約16㎡のワンフロアを3層重ねた、延床面積が50㎡に満たない小住宅。そのスケールから、住まいに設えられた要素は最低限。余計なものを盛り込めないからこそ、流行に左右されず、長く親しみを持って使える、シンプルでベーシックな空間を目指してつくられた家だ。家づくり時点での I さんは独身だが、今後、結婚をして家族が増えることも考えられ、趣味嗜好だけでなく、ライフスタイルもまだまだ変わっていく可能性に満ちている。今からフル装備をしなくても、必要なものを、必要な時に足していけばいい。表層も、その時々の暮らし方によって変えていけばいい。ミニマムゆえに多くの余白を備えた『国立ハウス』のプランは、家具好き、もの好きの I さんのライフスタイルにもフィットするものだった。そうして、戸建てである『国立ハウス』のプランを平面展開した、現在のプランができあがった。 

玄関を入ると、悠々と広がる土間空間。片側には、床置きされたバスタブ。その奥にはシャワーブースと洗面台が並ぶ。反対側の壁際にはデスクが置かれ、中央には小さなテーブルが置かれている。ここはワークスペースであり、ハンモックで寛いだりするセカンドリビング的な空間であり、カーテンを開けて入浴すれば、この土間空間全体がバスルームとなる。小さな開口が開けられた壁の先はベッドスペースとウォークインクローゼット。その先、ひとまわり大きな開口が開けられた壁の向こうにはリビング・ダイニング・キッチンがあり、窓からの開放的な眺めが広がっている。大まかに3つのスペースに分けられた空間をつなぐのは、土間床の通路と本棚。土間床はベランダに面した窓辺まで続いており、縁側のような雰囲気も醸し出している。

「ものが多いので、ごちゃごちゃしてしまうかなと思っていたのですが、壁の開口部が高めの位置に設けられているので、空間がすっきりして見えます。ワンルームスタイルですが、適度な籠もり感と開放感があって心地いい。友人をたくさん招いた時も、さまざま居場所があるので、窮屈にならず快適に過ごせました」。

ステンレスフレームの質素なキッチンやグレー目地の白タイル壁は『国立ハウス』を踏襲しているが、リビング・ダイニング・キッチンの床は幅広のフローリング、ベッドスペースの床はサイザル麻と、 I さんの好みでセレクト。コンクリート躯体を露出させた壁と天井と梁は、部分ごとに素地と白塗装に仕上げを変えている。「あんまり奇麗に仕上げ過ぎると、浮いてしまう家具もある。逆にラフにし過ぎても、空間自体がインテリア性を主張してしまう。今は良くても、いずれ飽きがきてしまうかもというアドバイスを受け、どちらにも偏りすぎないラインを狙いました」。

住まい手の今現在の感性や暮らしを受け止めながらも、先々の変化にも柔軟に応える、フレキシビリティのある空間。 I さんの長年の想いが結実した住まいは、今の喜びだけでなく、未来への楽しみも備えている。「家づくりを終えての感想?…そうですね、10年後にまた家づくりがしてみたいです。この家をリノベーションするのもいいし、でもこの空間も気に入っているので、二軒目へトライすることも画策しています」と笑顔で話す I さん。10年越しで叶えた I さんの家づくり計画は、まだ第一段階を終えたに過ぎないのかもしれない。

 

暮らしのワンシーンを丁寧に、日常を慈しむ。 
非日常感がもたらす寛ぎの時間

玄関を入り、ふわりと漂う爽やかな香りとともに感じたのは、澄みきった空気。大きな家具は、北欧アンティークのソファとカフェテーブルだけ。さりげなく飾られた器や花、絵画以外にほとんどものがないリビングには、初春の穏やかな日差しが燦々と注いでいる。あたたかい日だまりの中で、窓外に広がる都心の空を眺めながら過ごす静かな時間。それは、なんと贅沢で豊かなひとときだろう。

「どんな家にしたいのかと聞かれた時、思い浮かんだのは軽井沢の万平ホテル。昭和初期に建てられた和洋折衷なデザインのクラシックホテルで、あんな空間が良いと伝えました。その時は、その理由を深く考えていなかったのですが、こうしてでき上がった空間に身を置いてみて、ホテルで過ごす時のような非日常感が暮らしにほしかったのだと気づきました」。 そう話すのは、この家に住むUさん。 お茶会のお稽古帰りとのことで、和装で出迎えてくれたUさんは、淡い桃色の小紋に若草色の帯揚と帯締め、紅色の帯という装い。 ほのかに和の風情が漂う空間に、とてもよく似合っている。

Uさんが暮らすのは、文京区にあるマンション。築年数は古いが、駅近にあり、昭和クラシックなエントランスロビーや吹き抜けのホール、行き届いた管理状態など、ヴィンテージと呼ぶに相応しい佇まい。窓から見える景色が開けているところと、風が通り抜ける清々しさが気に入って購入したという。

広さが90㎡弱ある住まいは、そのゆとりを活かして、パブリックなリビング・ダイニングとセミオープンのキッチン、ベッドルームとプライベートなリビングルーム、予備室という、滞在型ホテルのようなプランにリノベーション。リビング・ダイニングとキッチンの間や、リビングルームの入口、ベッドルームの間仕切りには、Uさんが見つけてきたという日本の古建具を用いた。白壁と無垢フローリングで構成されたシンプルなインテリアに、格子窓が映えている。そこへ北欧アンティーク家具が設えられた様は、和風というよりもジャポニズム。外国人が和のエッセンスを住まいに取り入れたら…といった雰囲気だ。 

「趣味で着付けをやっていることもあり、友人たちに着付けができるスペースがほしいという気持ちはありました。そういった、友人を招きやすい家にしたいと思っていたんです。一方で、ここで暮らす私自身も、招かれた客人のように寛ぎたい気持ちがあったのでしょう。仕事が忙しくて、平日は朝に家を出たら夜遅くに帰ってくるだけの生活ですし、癒しのある空間を求めていたんですね、きっと」。

東側にある寝室の窓の外は高い建物があまりなく、そこから眺める朝の空が気持ちいいとUさんは話す。夜は、プライベートリビングで間接照明を灯し、ちょっとお酒を飲みながら夜景を眺める。休日の午後は、南に面したリビングの日だまりの中でお茶を楽しむ。そんな風に、場所それぞれでの寛ぎ方を楽しんでいるという。

ともすれば、ひとり暮らしには持て余してしまいそうなスケールの住まいだが、暮らしのシーンをあえて切り離したことが、空間にリズムをつくりだす結果に。同時に、どこかひとつだけの場所を引き立たせるのではなく、それぞれの場所を“ハレの間”として仕立てることで、何でもない日常のシーンすらも特別な時間のように感じられる、“非日常感”が漂う住まいを成立させている。 

キッチンをセミオープン型にしたことも、仕事から疲れて帰って、洗い物が目に入ったのでは寛げないだろうという設計者の配慮から。かつ、元々は窓もなく狭いスペースだったキッチンを、陽当たりのよい位置へ移動させて広さを確保し、キッチンもひとつの“ハレの間”として、そこで家事をする時間も楽しめるようにしている。 バスルームは、防水面への考慮からユニットバスを選んだが、洗面カウンターをタイルで仕上げて、ホテルライクなサニタリーに仕上げている。

「空間が広いので、こだわるところにはこだわり、既存を活かせる部分は活かして、コストバランスを考えてもらいました。私が化学物質過敏症であることもあって、床は無垢のパイン材、リビングルームとベッドルームの壁はホタテ漆喰、その他の塗装には揮発物質の少ない塗料を使ってもらうなど、素材には特にこだわりました」。都心のマンションながら、まるで森の中にいるような澄み切った空気が漂うのは、消臭や調湿性に優れた自然素材によるもの。この空気も、この家の“非日常感”を高める一因になっているようだ。 

Uさんの住まいへは初めて、しかもインタビューのために訪れた身でありながら、そのホスピタリティ溢れる空気感に、すっかり寛いでしまった。それは、この空間が醸し出すものでも、住まい手であるUさん自身が醸し出すものでもあるように思った。家の各所に飾られた草花や器にも、潤いや華がある空間の豊かさを知る、Uさんの暮らしへの美学が伺える。忙しい日常を送っていても、“暮らしを丁寧に楽しむ”はできることを教えてくれる住まいだ。