あきる野ハウス

akiruno house

text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda

あきる野ハウス

暮らしながら仕立てていく、
何もない空間と大きな軒がある家

夏の晴れた日。じりじりと日差しが照りつける庭を眺めながら、軒がつくる影の中でスイカを食べる。雨の降る日。ぽつぽつと軒を打つ雨音を聞きながら、軒先から垂れる滴を眺める。軒下にはそんな、豊かな時間が流れていた。狭い土地に建てられることの多い都市部の住宅では、軒を見かけることはずいぶんと少なくなったが、『あきる野ハウス』は、建坪21坪の2階建てという郊外住宅としては小さなサイズながら、幅三間(約5.4m)、奥行き一間(約1.8m)もある大きな軒が特徴的な住宅だ。

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

この家に暮らすのは、武田将大さんと千夏さん夫婦、長女の美月ちゃんと長男の大和くんの4人家族。将大さんのご実家を武田さんご家族の住まいに建て替えることになり、千夏さんがストレートデザインラボラトリーにリクエストしたのは「軒」だった。

「お気に入りの軒下は京都の円通寺。軒下から見る庭の風景も含めて、とても好きな場所です。軒下って、なんだか落ち着くんです。縁側も好きですね。建て替え前に住んでいた夫の実家にも深い軒と縁側があって、そこもお気に入りの場所でした」(千夏さん)

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

将大さんのご実家は、昔ながらの農家の造りをした古い家だった。部屋数は多かったが日常的に使う部屋は限られており、そうした経験から武田さんご夫妻が望んだのは「ワンルームのような平屋」。設計中に長女を妊娠していることがわかり、スペースの必要性から2階建てへと変更したが、ワンルーム的な暮らしのスタイルは念頭に置いたまま、LDKや水回り、寝室といった主要機能は1階に集約。2階には子ども室8畳と、“離れ”のようなご主人の趣味室として約3畳の和室、そして納戸を設けた。

「設計の依頼先やどんな家にするかについて、主に決めたのは妻。僕も料理や掃除をしますが、うちでは妻が家事育児の主導権を持っているので、妻が決めた方が暮らしやすい家になるだろうと思って。僕からの希望は、月を見ながら入浴できるよう浴室は南側にしたいということと、小さくていいから自分の部屋が欲しいということでした(笑)」(将大さん)

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

ストレートデザインラボラトリーが設計した『国立ハウス』のキッチンが気に入り、設計を依頼することを決めたという千夏さん。『国立ハウス』同様に、キッチンは壁付けを選択した。ステンレスの天板とシンク、フレームのみというシンプルなキッチンに、造作した収納は水切り棚とラワン合板で作ったコンパクトな食器棚だけ。キッチン横にパントリーを設けることも提案されたそうだが、千夏さんの希望でなくしてもらったという。

確かにこの家には、収納らしい収納がほとんど造作されていない。洗面室も、収納がない壁付けタイプの洗面器で、収納といえばミラーキャビネットと歯ブラシ置き場にしている棚ぐらい。家族の衣服は1階寝室の一面に、ご主人の趣味のグッズは2階和室の収納に、靴や庭道具はエントランスの収納にと、要所要所にコンパクトにまとめられている。そもそも、物が少ない。生活に必要なものは揃っているが、余計な物がないのだ。

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

「整理整頓が好きというよりも、ものすごい面倒くさがりなんです(笑)。片付けるために収納をつくるというのが普通だと思うんですが、私の場合は、片付けたくないから収納をつくらない。物を置く場所をなくしておけば、物を増やそうと思いにくいですから。でも、まったく物を持たないわけではなく、例えば、色物はなるべく買わないとか、金属や陶器のものを選ぶとか、収納小物を揃えるとか、物を買うときにそうしたルールを課して、日常的に整理整頓をしなくても暮らしが整うように気をつけています」(千夏さん)

ルイス・カーンや中村好文の建築が好きで、学生時代はインテリアを学んでいたという千夏さん。家づくりが具体的になる前から、理想の住まいのイメージをノートに書き溜めていたが、「あくまで自分のイメージ用」(千夏さん)ということで、設計の打合せ時にはそのノートを出すことなく家づくりを進行。だが、玄関ドアを開けると庭へ視線が抜ける空間構成、通り土間になったエントランスなど、提案されたプランと千夏さんの理想の住まいのイメージが合致していたことに驚いたという。

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

「私が理想の住まいの参考にしていた家々は、キッチンも家具もきっちり作り込まれた、仕立て上げられた空間でした。でも私は、仕立ては自分でしたかった。ストレートデザインラボラトリーのつくる家々は仕立てられすぎていなくて、それも設計を依頼した理由でした。何もない空間にしたかった。何もなければ、どうとでもできますから。壁付けキッチンを選んだのも、カウンターキッチンよりも空間が広く使えるから。夫も大の字で寝転ぶことができるので気に入っているようです」(千夏さん)

家を仕立てる。千夏さんにとってこの家は、生地のような存在なのかもしれない。家具の配置を変えてみたり、部屋の使い方を変えてみたりして、自分たちにぴったりな形に仕立て上げていく。そうして出来上がっていく住まいは、武田さん家族の暮らしにしっくりと馴染んでいくのだろう。

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

武田さんご家族による“仕立て”の最初の作業は、塗装仕上げ。建築コストを抑える目的もあり、家の中の壁と天井はすべて、将大さんと千夏さんのご両親とが行った。

「僕は機械の調整や管理をする仕事をしていることもあって、ものすごく細かいんです。最初は妻のご両親にも手伝ってもらったんですが、塗りムラやはみ出しなどがあると、つい口を出したくなってしまう。良好な関係を保つために(笑)、以降は僕ひとりでやりました。実際やってみると、大変でしたね。でも、自分でやったから、多少出来が悪いことも許容することができました」(将大さん)

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

そう将大さんは言うが、その塗装クオリティはなかなかのもの。素人目にはプロの仕事と遜色がない出来栄えだ。今後は、子どもが大きくなったら2階の子ども室を有効ボードの壁で仕切ったり、浴室の外に木で囲いをつけることなどを計画しているという。

「下の子も生まれて暮らしが落ち着いてきたので、そろそろ庭づくりを本格的にしようと思って。花壇を作ったり、ハーブを育てたり。テラスにもテーブルやイスを置いて、軒下で過ごす時間をもっと増やしていきたいと思っています」(千夏さん)

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house

straight design lab | akiruno house