HOMEBASE
HOMEBASE
House + Cafe
text by Kanako Satoh
photo by Takeru Koroda
街と暮らす、街と生きる。
地域に開いていく建坪7坪の店舗併用住宅
「谷保は、暮らしやすいんですよね。八百屋や肉屋、豆腐屋さんといった個人商店に活気があって、地域の人たちの暮らしに密着している。国立駅周辺の文化的で洗練された雰囲気も好きだけど、谷保の街の庶民的な感じが、毎日の生活を送る場として心地いい。最近は、僕らのようにこの街の雰囲気に惹かれて、国立から拠点を移す人やお店も増えてきているんです」
そう話すのは、アートディレクターの丸山晶崇さんと、イラストレーターの糸乃さんご夫妻。ふたりが暮らすのは、国立駅から大学通りを南下した終点にある、JR南武線・谷保駅のそば。戸建て中心の住宅地だが、甲州街道沿いにはちらほらと畑が残り、農村地帯だったかつての風景を思わせるのどかな街並みが広がっている。
古い団地のそばにある商店街の一角。約11坪の敷地に建つ、建坪7坪弱の小さな3階建てが丸山さんご夫妻が暮らす、店舗付き住宅だ。ガルバリウム鋼板を横張りした外壁にスチールサッシの大窓が設えられた外観は、派手さはないが凛とした空気をまとい、商店街にその存在を主張している。商店街に面した入口を入ると、1階はテラコッタ床のダイニングとキッチン。ここは丸山さんご夫妻が運営するカフェであり、丸山家の食卓も兼ねる。
「料理家さんなどと一緒週に数日だけカフェを営業したり、遠方のお店の方と一緒に期間限定レストランを営業してもらったり、近隣の店と連動したイベントなども行いたいと思っています。普通の家のダイニングが地域のコモンスペースとして開放されているイメージですね」(晶崇さん)
2階・3階の住居部分へは、キッチンを通り抜けた先にある階段からアクセスする。店舗と住宅の入口が同一で、さらに店舗の奥に住居部分があるつくりは昔ながらの商店を彷彿とさせるが、晶崇さんは今回の家づくりを「自宅をつくるというより、旧来の店舗併用住宅を現代版にリデザインするプロジェクトでした」と話す。
「物販はこのサイズでは厳しいけれど、飲食なら、店主ひとりでまわすのにちょうどよいサイズだと考えました。谷保の街は好きだけど、僕らがずっとここに暮らすとは限りません。その時は、小規模の飲食店をやりながら住まいも構えたい人に使ってもらうことができます。今もこの先も地域で生きていく建物をつくりたかったんです」(晶崇さん)
そうした発想の背景には、アートディレクターとしての活動のほか、過去には本とデザインを介した地域のコミュニティスペース『国立本店』の3代目店長を務め、現在は谷保にある古い蔵を改装したギャラリー兼書店『circle』を運営する晶崇さんの経験もあるが、「家もパブリックなもの」という丸山さんご夫妻の思想が大きな理由だった。
「きっかけは、以前の家で大人数を招いて忘年会をしたことでした。それまでは、あまり家に人を招くほうではなかったのですが、家のいたるところに人がいるその日の状況を受け入れている自分たちがいて、“家もパブリックな使い方をしていいんだ”と思うようになったんです」(糸乃さん)
また、晶崇さんは自身のデザイン事務所を国立に構え、糸乃さんは自宅で仕事をするスタイル。公私ともに国立~谷保の街で過ごすうち、近隣の人々との付き合いは一層深まり、“街に暮らす”という感覚がより強まったという。
「それから、家というものには街並みや地域のコミュニティづくりを担う、公共物としての側面もあると思うんです。商店街というロケーションもあって、特にこの場所にふさわしいものにするべきだと考えました」と晶崇さん。晶崇さんの事務所を併設することも検討したが、より街にコミットできる形を望み、店舗併設を選択。住宅であり店舗でもある建物を計画するにあたり、特定のテイストに偏らないニュートラルなデザインを求め、「家っぽくない家をデザインしてくれそう」(晶崇さん)という理由から、ストレートデザインラボラトリーに設計を依頼した。
建物は間口が約3m、奥行きが約7mで、各フロアの平面面積は約22㎡。住居部分である2階には寝室と4畳半ほどの納戸があり、3階はミニキッチンと糸乃さんのワークスペースを備えたリビング。奥にはサニタリーがあり、上部は畳敷きのロフトになっている。
暮らすのに最低限の要素で構成されたミニマムな住まいだが、小さいなりの贅沢と心地よさのための気遣いが各所に盛り込まれている。
たとえば、窓。商店街に面したスチールサッシの大きな窓は店舗のファサードとしても重要な意味を持つが、“街”の一部として暮らす丸山さんご夫妻のライフスタイルの象徴であり、リビングの4m近い天井高さを強調して小空間に開放感をもたらすための装置でもある。リビングの無垢フローリングにもひと工夫があり、板と板が合わさる部分が直線に連なるフレンチヘリンボーン貼りが空間の長手方向の距離を強調。1階入口から3階へ至るまでの長い動線や直線階段も、建物全体に実寸以上の奥行きを感じさせている。
サニタリーも特別な空間だ。黒と白のモザイクタイル仕上げの空間に、置き型のバスタブとペデスタル型の洗面台。シャワーはブース化されており、クラシカルなトイレの横にレイアウトされている。ウィークデーはシャワーを使い、バスタブに浸かる時間は読書をしたり音楽を聞いたりと、くつろぎの場所として使っているそうだ。
窓に取り付けたルーバー扉は、丸山さんご夫妻が古道具屋で見つけたもの。ほかにも、バスタブを照らすヴィンテージのアームライトなど、インテリアの一部には丸山さんご夫妻が以前から所有していた照明器具や、解体される古い洋館から譲り受けた建材などを取り入れている。
「印象に残っているのが、とあるインタビューで読んだ「新しいものはすぐに古くなるが、美しいものはいつまでたっても美しい」というフレーズ。1階のキッチンには現在日本では販売していないロジェールのコンロを中古で手に入れて使っているのですが、ただ便利で多機能なものよりも、デザインがいいものを使いたいと思って素材や設備を選びました。窓についても、スチールサッシなら経年が味になる。ロングライフで、シンプルなもの。足りない分は工夫して暮らせばいい。住まいに対する僕らのそうした考えが、ストレートデザインラボラトリーの建築に重なったことも、設計をお願いした大きな理由でした」(晶崇さん)
『HOMEBASE』という建物名は、晶崇さんが考案したもの。“街暮らし”を謳歌するための“家”であり“拠点”であるこの建物に、ぴったりのネーミングだ。「本質的な価値があるものは、時間を超えていくと思うんです」という晶崇さんの言葉の通り、時を経ても価値が古びないものたちでつくられた街の“基地”は、地域に親しまれながら長く生き続けていくだろう。
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