国立フラット

kunitachi flat

text by Kanako Satoh

photo by Takeru Koroda

国立フラット

色、素材、かたち。
心地よさを五感で感じる、モノトーンの家

間取りを劇的に変えることだけが、リノベーションだろうか。もともとの間取りでも、家族構成やライフスタイル的に不便はない。でも、もっと自分たちに心地のいい空間にしたい。間取りは大きく変えずに、空間の質をつくり変えることができたら。そんな、リノベーションによる家づくりの可能性を示唆してくれるのが、『国立フラット』だ。

straight design lab | kunitachi flat

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『国立フラット』に暮らすのは、木工作家の西本良太さんとグラフィックデザイナーの葉田いづみさんご夫妻、そして4歳になる息子さんの3人家族。1981年築の「壁式構造」のマンションで、1階住戸、75㎡、3LDKの物件を中古で購入し、リノベーションした。壁式構造の建物は、柱や梁ではなく、壁が建物の荷重を支える造りになっているため、ほとんどの間仕切り壁は撤去ができない。そこで、間取りはそのまま、各部の仕上げや設備、家具に用いる素材や色を整えることで、空間の佇まいを一変させた。

「必要だったのは、子供部屋と夫婦の寝室、そして私の仕事部屋。なので、間取りがほとんど変えられなくても問題はありませんでした。キッチンが独立していることも、生活感があまり露出しないので、自宅で打ち合わせをすることが多い私の仕事的には都合が良かったんです」(葉田さん)

straight design lab | kunitachi flat

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玄関を構成するのは、芦野石の床、白く塗装したラワン合板の扉と白い人工大理石の天板で造作されたシューズボックス、グレーがかった白ペンキで塗り上げられたラワン合板貼りの壁天井。芦野石の床はそのままリビングダイニングへと続き、グレーに塗られたラワン合板の床に切り替わる。リビングダイニングの壁天井も白く塗装されたラワン合板仕上げ。一面だけ躯体現しにされたコンクリート壁がアクセントになっている。

「前に住んでいた家でもグレーに塗った合板を床に敷いていました。それを見たストレートデザインラボラトリーの東端さんが気に入ってくださって。合板を貼って塗装するという床の仕上げ方は、板が反ってしまったり塗装が剥がれる可能性があるので、設計士側からはなかなか提案しにくい方法らしいのですが、7年以上暮らした我が家の床の状態が良かったこともあって、この家も同じ床にしようというところから、空間づくりが始まっていきました」(葉田さん)

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キッチンもモノトーンで統一。床は白系のPタイル、壁はグレーの100角タイルという、昔から水回りに多用されてきたスタンダードな素材を用いながら、オールステンレスのオリジナルキッチンで空間にシャープさを演出。一方、洗面室は、ベーシックな色と形ながらサイズ感が珍しい200角の白タイルを壁に貼り、一部の壁は白ペンキで塗装したコンクリート躯体壁として、素材のコントラストが楽しい空間に仕立てている。

白からグレーのグラデーションで整えられた空間は一見シンプルだが、光を受けた時の表情、手足に触れた時の感触、音の響きなど、さまざまな質感を持つ素材たちが五感を通して感じられ、その刺激が心地よい賑やかさを空間にもたらしている。

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「床に敷いた芦野石は、採掘どころである栃木に行った時に芦野石で作ったコースターに出会い、その時からいつか何かに使いたいと思っていた素材でした。シューズボックスは、ラワン合板と人工大理石を組み合わせたら面白いかなと思って。壁の一部をコンクリート躯体現しにしたのは、ストレートデザインラボラトリーからの提案でした。僕の作品を家で撮影することがあるので、いろんな背景があったほうがいいだろうという配慮からでしたが、おかげで空間にメリハリが生まれました」(西本さん)

“木工作家”という肩書きながら、木だけでなく、プラスチックや金属など、さまざまな素材を用いてプロダクトづくりに取り組んでいる西本さん。安価な材料であり、内装仕上げ材として使われることは少ないラワン合板と、高級キッチンなどに用いられる人工大理石を組み合わせるというアイデアは、西本さんらしい発想だ。

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一方、グレーを空間の基調にすることは葉田さんの意向からだったが、そこにはグラフィックデザイナーとしての葉田さんのスタンスも感じ取れる。葉田さんが手掛けているのは、主に本。その本がテーマとするものや著者のメッセージを、いかに明確に伝え、共感を誘うかがデザインのポイントになるだろう。物質としての「本」と「テーマ」の関係を住まいに置き換えるとしたら、「空間」と「暮らし」。空間がやたらに飾り立て主張するのではなく、主題である「暮らし」の背景としての空間という認識が、『国立フラット』のデザインの要になっているのではないだろうか。

「無垢の木で作ったものだったり、漆喰だったり、それ自体は嫌いではないんですけど、ナチュラルさを前面に押し出したテイストは、個人的にあまり好きじゃなくて。モダンデザインも好きですが、ここはギャラリーではなく、生活をする家。そういう私たち夫婦の好みに共感してくれそうだなと思ったのが、ストレートデザインラボラトリーだったんです」(葉田さん)

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色や素材だけではない。細部の納まりにも気を配り、空間の形を整え直していることも『国立フラット』の特徴だ。マンションリノベーションでは「天井を少しでも高く」という要望から、天井板は撤去され、躯体現しの直天井になることが多い。しかし『国立フラット』は、ラワン合板を貼って白く塗装した吊り下げ天井。壁と天井の見切り部分は、施工の際の誤差に考慮して設けたわずかなスリットが隅を強調し、それぞれの面を引き立てている。

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「直天井にすると、照明を取り付けるために配線ダクトレールを天井に設置することになりますよね。それがあまり好きじゃなくて。空間の隅が見えるようにするのも、設計で配慮してもらったことですね。床や天井の隅が見えると、空間がすっきり見えるんですよ」(西本さん)

西本さんのそうした考えは、家具のレイアウトにも反映。リビングのコンクリート壁に取り付けたヴィツゥの「606 ユニバーサル・シェルビング・システム」のシェルフは、床の隅が見える高さに設置。TVまわりのAV機器も床置きを嫌い、専用の壁付けシェルフを西本さん自ら造作。普通の人なら気にもかけないような細部の形や見え方にまで気を配るところに、夫妻のデザイナーとしての意識の高さがうかがい知れる。

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「なるべく床にものを置かないというのは私の昔からのこだわりでもあって、理由は掃除をしやすくしておきたいから。でも、部屋が片付いている片付いていない以前に、空間そのものがすっきりきっちりしているから、気持ちがいい。スケルトンにしていちから空間をつくるリノベーションも面白かったかもしれませんが、今ある空間を素材と形でデザインするやり方は、私たちに合っていたように思います」(葉田さん)

「デザインのいいプロダクト」とはどんなものだろうか。使いやすいだけでなく、その姿からも心地よさを感じられること。そして、そのもの本来の用途における満足を越えて、使う人に豊かさを提供できること。『国立フラット』は、そこに住まう家族の豊かな暮らしのイメージを喚起させる、名プロダクトだ。

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